善福寺公園めぐり

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86歳にして進化する画家・ホックニー

東京・江東区木場公園内にある東京都現代美術館で、現代を代表する画家の1人、デイヴィッド・ホックニー(1937〜)の日本における27年ぶりとなる大規模な個展「デイヴィッド・ホックニー展」を観る(7月15日開幕で11月5日まで)。

ホックニーイングランド北部・ブラッドフォード出身。同地の美術学校とロンドンの王立美術学校で学んだのち、64年にロサンゼルスに移住し、アメリカ西海岸の陽光あふれる情景を描いた絵画で一躍脚光を浴びた。

とりわけ降り注ぐ光の中でのスイミングプールを描いたアクリル画が有名で、彼はポップアートの旗手として不動の地位を築いた。

その後も、60年以上にわたって絵画、ドローイング、版画、写真、舞台芸術といったさまざまな分野で多彩な作品を発表し続けていて、現在はフランス・ノルマンディーを拠点に活動中。

86歳となった今も新作を発表しているが、本展は、イギリス各地とロサンゼルスで制作された彼の代表作に加えて、近年の風景画の作品「春の到来」シリーズや、コロナ禍によるロックダウン中にiPadで描かれた全長90mにもおよぶ新作まで、120点余の作品が集められていて、彼の作品世界がどのように変化していったかがよくわかる展覧会となっている。

 

ホックニーは、「ものを見る」ということについて、さまざまな角度からの実験というかチャレンジを挑み続ける画家人生を送ってきたように思える。

彼は「僕は今でも、一枚のドアをただ一面一色に塗るだけで、まる一日過ごせる」というようなことをいっている。

目の前に見えるものをどう表現するか、飽くなき探究心がそこにあるのだろう。

 

本展を見ていて、彼の画家としての転換点が1980年代にあったのではないかと思った。

それはピカソ作品との出会いであり、キュビズムの再発見だった。

ホックニーは西洋絵画の伝統である一点透視図法の限界を知り、複数の視点を統合して描くことこそが、ものの本質を捉えるのではないか、と考えるようになったようだ。

ホックニー芸術のエポックを画した作品が、フォト・コラージュ「龍安寺の石庭を歩く」だ。

(写真は展覧会のチラシより)

彼は1983年に日本を訪れ、京都・龍安寺の石庭の前に立った。

縁側を少しずつ歩いて移動しながら、足元から塀まで順番に100枚以上の写真を撮って、それを張り合わせた。

1枚の写真で表現するだけではとても捉えきれない目の動きや、“時間の厚み”つまり、すぎゆく時間を含めた多視点のイメージを、1つの平面の中で表現しようとしたのだった。

 

複数の視点の統合による空間の広がりの探究。それこそが、その後のホックニーの作品づくりのテーマになったのではないだろうか。

そうしてつくられた作品の1つが、「ノルマンディーの12か月 2020‐2021」(2020‐2021年)。

(以下は撮影OKのもののみ)

全長90mを超える大作で、絵巻物のように周回するかたちで展示された作品は、コロナ禍においてホックニーが自らの周囲の風景を見つめながら描いたものという。

作品に沿って歩きながら見ていくと、まるで景色の中を歩いているような気分になる。作者の視点が鑑賞者の視点とも融合し、まさしく多視点が統合がそこにある気がした。

 

左右に10枚、縦に5枚の、50枚ものカンヴァス(各91・4×121・9 cm)を戸外に持ち出して描き、組み合わせることで制作された「ウォーター近郊の大きな木々またはポスト写真時代の戸外制作」(2007年)も圧巻。壁一面にひろがる巨大な風景画だ。

 

ホックニーの故郷、イギリスのヨークシャー東部で2011年に制作された幅10m、高さ3・5mの油彩画「春の到来 イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年」(2011年)

 

iPhoneによる作品づくりも、彼の美への探究心の現れだろう。

iPhoneを使ったドローイングを初めて完成させたのは2009年の72歳の春だったそうで、その後、より大きな画面のiPadを使い始め、より複雑な色・線・光の表現にチャレンジしているという。

86歳にして進化し続ける画家、それがディヴィッド・ホックニーのようだ。

 

ホックニー展のあとは美術館内のレストランでランチ。

 

午後は同美術館の所蔵作品による「MOTコレクション」展。

1980年代以降の作品による「被膜虚実」展と、横尾忠則の作品を集めた「特集展示 横尾忠則――水のように」展。

名和晃平「PixCell‐Deer#17」(2009)

 

サム・フランシス「無題(SEP85‐109)」(1985年)

サム・フランシスはカリフォルニア生まれの抽象表現主義の画家。生誕100年を記念した展示作品の1つ。

 

コレクション展示室3階の最後の部屋に展示されていて、いつも楽しく見る宮島達男の点滅する1728個のLEDデジタルカウンターの作品「それは変化し続ける それはあらゆるものと関係を結ぶ それは永遠に続く」(1998年)の前を女性が通りすぎるところ。

朝の散歩と美術館での“散歩”で、この日の歩数は約1万8000歩。