東京・六本木の国立新美術館でダミアン・ハースト展を観る(3月2日~5月23日まで)。
ダミアン・ハーストは1965年生まれというから今年57歳。イギリスの現代美術家で、サメや牛、ヒツジなど死んだ動物を丸ごとホルマリン漬けにしたシリーズなどが有名。
5年ほど前、北イタリアを半月ほど旅したとき、ヴェネチアにある歴史的建造物をリノベしてできた現代美術館プンタ・デッラ・ドガーナの設計を安藤忠雄が担当したというので見にいったら、ちょうどダミアン・ハーストの個展をやっていた。難破船から引き揚げた財宝の展示、ということだったが、すべてうそっぱちで、そのうそっぱちを楽しむ大規模で、相当お金もかかったであろう贅沢な展覧会だった(難破船?からの財宝の引揚げを撮影したウソの記録映画までつくって上映されていた)。
そんな破天荒な前衛アーティストが、カンバスに油彩で、日本人が大好きなサクラだけを描いた作品の個展というので、ちょうどサクラ開花のころ、出かけていったが、平日の午前中だったが若い人、中でも若い女性が多かったのは意外だった。子ども連れの若いお母さんも目立ったが、これは中学生以下は無料というのが影響しているのか。
彼はこれまでに107点からなる「サクラ」のシリーズを描いていて、今回はその中からハースト自身が24作品を選抜。天井高8m、2000平方メートルの展示室の開放的な空間を生かし、大きいものでは縦5m、横7mを超える風景画の配置を彼自身が考案。サクラ舞い散る~♪と歌いたくなるような華やかな展覧会となっている。
以下、作品のいくつか。
「儚(はかな)い桜」
「母の桜」
「夜桜」
「詩人の桜」
サクラは日本画などでもよく描かれるテーマだが、日本画では絵の中心となるのは大地に根を張る太い幹だ。
しかし、ダミアン・ハーストは細い枝を縦横に伸ばして、満開のサクラを下から見上げているような描き方をしている。だから、そこに描かれているサクラは、地面にシートを広げて、宴会をしながら見る日本独特の花見の風景だった(今年も去年に引き続きコロナ禍でイッパイやりながらの花見は御法度だが)。
唯一、日本画に似ているのが「生命の桜」と題する3枚組の作品。
日本の屏風絵、襖絵のように、真ん中の1枚は中央に太い幹がデンとあり、そこから左右に枝を広げて、まるで生命のほとばしりのように花を咲かせている。
一番巨大な作品が「この桜より大きな愛はない」。
縦が5m49㎝、横7m32㎝もある。
「神聖な日の桜」
「漢字桜」
それにしても、日本人にとっては花といえばサクラであり、「花見」とはすなわちサクラを見ることで、毎年開花予報が出るくらいなじみの深い花だが、ダミアン・ハーストにとってもサクラは身近な花なのだろうか?
そもそもヨーロッパにサクラは咲いているのだろうか?
実はサクラは日本だけでなくヨーロッパでも春になるとよく見られる花であり、19世紀のイギリスの詩人、ハウスマンは「Loveliest of trees」(1879年)という詩の中でこう書いている。
この世で一番いとおしい花 桜は今
枝いっぱいに咲き誇りながら
森の乗馬道の傍らに立っている
復活祭の真っ白い衣装を着て
やっぱりイギリス人もサクラが好きみたいだが、ダミアン・ハーストにとっても、彼が5歳のころ、母親が油彩でサクラを描いていた記憶があるという。
その記憶とともに、ベール・ペインティングという色彩の幕が画面上で下りているようにみえる絵画を描いていたとき、それが木のように見えたことがサクラを描くようになったきっかけ、と本人はインタビューで語っている。
それまで抽象表現を追及し、若いころは既存の画家を見下していて、時代遅れと感じていたハーストは、「油絵で描くようなダサイ風潮を変えたい」というのでホームセンターで買った家庭用ペンキを使って絵を描いていたが、母親が描いたサクラの絵が記憶の中でよみがえり、「サクラを抽象的かつ具象的に描いたら両者の橋渡しができる。それで描いた。母の桜の絵に背中を押された」というようなことを語っている。
描き方にも彼なりの工夫がみられるようだ。
絵を近くでよく見ると、サクラはすべて点描というかドットで描かれている。
それも絵の具の塊をカンバスにぶつけたような感じの描き方だ。
近づいてみると1個1個は絵の具の塊でしかない。ところが離れてみると、まさしくそれはサクラだった。
彼は絵の具を投げつけてサクラを描いていて、投げつけたひとかたまりが1つのサクラの花であり、それが集まって満開のサクラになっている。
ハーストはインタビューの中で、絵の具をカンバスに投げつけることで、投げつけられた塊がそこに張りつき、投げつけたときのエネルギーが絵の生命力となるんだ、というようなことをいっている。
また、「人間の脳は物事を“自然”に考えずパターン化してしまう」というようなこともいっていて、次のように語っている。
「助手たちに『青を足せ』と指示すると等間隔で青を入れるが、それは不自然だ。自然にはルールなんてなく、極めてシンプルであるけれどその中に複雑さがある」
ハーストはサクラを描くとき、始めは花びらをピンクと白だけで描いていたという。しかし、「色に命がない」と気づいた。街路樹の緑を見たとき、彼は気づいた。赤と青の光がチラついていて、仰天したという。
「なるほど、これが木かと思った。葉は光の中の色を反射している。だから多様な色がチラつく。つまり、あらゆる色が入ってないと、人の目はそれが花だと認識しないんだ。そこで、赤や黄などを足していったら絵全体に命が宿った」
そうやってハーストがたどり着いた技法とは、過去の印象派の画家の技法とも共通するものがあるのではないか。
ゴッホの絵を間近でよく見ると、点描のようなドットの絵の具の塊が点々とついていて、近くで見るといろんな色が点々となっているだけなのだが、離れてみると、そこには木があり、花があり、空があり、自然の風景がある。
パリのオルセー美術館で観たゴッホの「オーヴェールの教会」(1890年)。
よく見ると、下の方はドットで描かれているのがわかる。
前衛的手法で抽象表現を追及してしきたダミアン・ハーストだが、知らず知らずのうちに過去の印象派の画家たちが築いた表現にいき着き、そこからまた独自の表現を模索しようとしているのだろうか。
ダミアン・ハースト展を観たあとは、美術館近くの「中国名菜 孫」でランチ。
NHKテレビの「あさイチ」などにも出演している孫成順さんのお店。
ランチセットを頼むが、ひとまとめに出てくるかと思いきや、一品ずつ、出来立てが出てくる。その心遣いやうれし。
スープに始まりマンゴープリンのデザートまで、どれもおいしかった。