善福寺公園めぐり

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「ライフ・オブ・パイ」オリヴィエ賞に輝く舞台を映像化

地下鉄・三越前のTOHOシネマズ日本橋で、ナショナル・シアター・ライブ「ライフ・オブ・パイ」の先行上映を観る。

5月26日からの公開を前にしたトークイベント付きの先行上映会。

(写真は休憩中のスクリーン。あと9分21秒で第2幕が始まります)

まず舞台美術家・伊藤雅子さんと朝日新聞社記者・山口宏子さんの30分間のトークを聞いたあと上映が始まる。

ブッカー賞を受賞したカナダの作家ヤン・マーテルの2001年の小説「パイの物語」を原作にした作品で、2012年に同名の映画もつくられていて、アカデミー賞で11部門ノミネートし、監督賞、作曲賞、撮影賞、視覚効果賞の4部門で受賞している。

演劇作品である本作は、2019年に初演。コロナ禍の中断をへて、2022年にイギリス・ロンドンのウエストエンドにあるウィンダムズ劇場で上演されたライブ映像を劇場で公開するもの。

脚色ロリータ・チャクラバーティ、演出マックス・ウェブスター、出演ヒラン・アベイセカラ、ミナ・アンウォー、ラジ・ガタク、ニコラス・カーンほか。

 

本作は2022年にイギリス演劇界で最も権威あるとされるローレンス・オリヴィエ賞の主演男優賞、新作演劇賞、舞台装置デザイン賞、照明デザイン賞、助演男優賞の5部門で受賞。主人公と一緒に漂流するベンガルトラをパペット(人形)で演じた7名の俳優が最優秀助演男優賞を受賞し、オエヴィエ賞史上初の快挙というので話題となった。

 

時代は1976年。当時のインドの政治に嫌気がさした動物園経営の父は、妻や娘、16歳になる息子のパイ、そして動物たちとともにインドからカナダに移住することを決意し、航海に出る。

ところが、一家や動物を乗せた貨物船が太平洋の真ん中で沈没し、227日に及ぶ漂流の末に一人生き残ったのは、パイだけだった。彼はメキシコで保護されたが、保険調査のため日本からきたオカモトから聞き取り調査を受ける。

パイはオカモトに神を信じるかと聞くが、彼は自分は無宗教だという。

一方、キリスト教ヒンドゥー教イスラム教をともに信仰するというパイが語り出したのは、荒唐無稽な話だった。

救命ボートに取り残されたのは、パイと、ハイエナ、シマウマ、オランウータン、そしてベンガルトラ。やがてほかの動物たちは食べられて死んでしまい、残ったのはパイとトラだけ。パイは生き残りをかけてトラとの死闘を繰り返し、やがて小さな船の上での奇妙な“共同生活”が始まる。

ところが、パイが語る生き残りのため日々の物語には、もう1つ、トラが登場しない別の陰惨な物語があった。

最後にパイは調査員のオカモトに、こういうのだった。

「あなたはどちらを信じるのか、信じるものを信じればいい」

 

映画の「ライフ・オブ・パイ」は、CGを駆使したちょっとコワイけど美しいファンタジー作品だった。小さなボートの上での、生きているとしか思えないトラの描写が見事だったし、人食い島での美しくも恐ろしい光景が今も記憶に鮮明だ。

映画ではCGを使ってようやく実現できた人間とトラとの死闘を、演劇でどう表現するのか興味深かったが、見事なパペットの演技にうならされた。

実物大のベンガルトラのぬいぐるみを、3人の俳優が動かして演技しているのだが、1人は顔をさらして主に頭を動かす。ぬいぐるみの中に1人がすっぽり入って前脚を動かし、後ろの1人は後脚を動かしていた。

これを見てすぐにわかったが、日本の文楽の3人遣いとまったく一緒だった。文楽では人形を操ることを「遣う」といっていて、人形の頭の部分(首=かしらといっている)と右手を遣う「主遣い(おもづかい)」、左手を遣う「左遣い」、足を遣う「足遣い」の3人で1体の人形を遣う。左遣いと足遣いは全身黒ずくめで黒子に徹しているが、主遣いは紋付き袴姿で顔をさらす。

より人間らしい動き、より豊かな表現がどうしたらできるかを追究する中で、このような「3人遣い」と呼ばれる遣い方が生まれたといわれている。

以前、同じナショナル・シアター・ライブで「戦火の馬」を観たとき実物大の馬のパペットが登場していたが、やはり3人遣いで、文楽をヒントに考え出したといっていた。

 

荒れ狂う海や、吹きつける風雨など、水と風と荒波の表現もすばらしかった。デジタル映像を駆使したプロジェクト・マッピングによるものだろうが、ホントの水はまったく使っていないのに、大波が押し寄せ、暴風雨が吹き荒れてビショビショになっているような錯覚を覚えるほどで、臨場感があった。

ただし、映画では美しくも恐ろしいファンタジーだった無数のミーアキャットが群れる人食い島のシーンは、パイのモノローグで語られていた。

 

映像ではできない演劇ならではの表現と思ったのが、パイの語る、生身の人間が織りなす「もう1つの物語」だった。舞台の上の役者と観客とが一体となった“劇空間”はナマでこそのものだ。

その意味では本作も舞台を映像化したものなので、一番いいのはロンドンの劇場で観ることなんだが・・・。

ただし、舞台全体を見渡し、アップで役者の表情を見て、真上からも見る、というのは映像ならではで、なおかつ字幕つきなのはうれしい。