善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

ユージーン・スタジオ 新しい海&MOTコレクション展

東京・清澄白河東京都現代美術館MOT)で開催中の「ユージーン・スタジオ 新しい海 After the rainbow」をみる。「美しさ」とかいうより、見る人に作品の「意味」を問いかけてくるような現代アート展だった。

f:id:macchi105:20211220132536j:plain

f:id:macchi105:20211220132551j:plain

ユージーン・スタジオは寒川裕人(かんがわ・ゆうじん)が立ち上げたアートスタジオ。彼は1989年生まれというから今年32歳の若いアーティスト。国内美術館では初となる個展という。

 

会場に入ると、まず目にするのは真っ白いキャンバス。「ホワイトペインティングシリーズ」と題するこの作品は、何も描かれていないのではなく、実はたくさんの人々がキャンバスに接吻し、その痕跡が重なった作品という。f:id:macchi105:20211220132618j:plain

しかし、いくら目を凝らしてもその痕跡は見当たらない(口紅でもつけていれば別だろうが)。見る者は、真っ白なキャンバスから接吻を「想像」することで、接吻した人に思いを寄せる。

 

吹き抜けの広い空間は巨大なプールになっていて、水が張られている。f:id:macchi105:20211220132640j:plain

美術館内に海をつくりあげようとした作品で、タイトルは「海庭」。

 

「レインボーペインティングシリーズ」も大きなキャンバスがただ無地のように見えるが、よく見ると無数の点描からなる油彩画。f:id:macchi105:20211220132712j:plain

f:id:macchi105:20211220132733j:plain

 

真鍮にドローイングした作品ものある。

真鍮に特殊な加工を施した金属板に、オイルパステルや油彩、鉛筆を用いて描いたドローイング作品は、題して「私にはすべては光り輝いて映る」。f:id:macchi105:20211220132759j:plain

f:id:macchi105:20211220132813j:plain

 

実に不思議な体験をしたのが、新作「想像 #1 man」。

真っ暗闇の空間に1体の彫像が置かれている。鑑賞者が暗闇の中でいかに目を凝らしても、その実体を見ることはできない。

作品が置かれた空間には鑑賞者が1人で入っていく。時間は15分まで。

まるで何も見えない中で恐る恐る部屋の奥へと進むと、手に触れる感覚で何かの像だとわかる。首があり、頭があって、手と足があるから人のようだが、男なのか女なのか、「man」というタイトルがつくが、これは性別をあらわすものではなく、ただ人の像であることだけを意味しているという。

触りながらいろんな想像をふくらませていくと、たちまちにして15分がたってしまう。

この彫像は完全な暗闇の中で作家と彫像家が3カ月かけてつくったので、作者も彫像家もこの像を見たことはないし、陳列に携わるものも誰一人見ることなく展示しているという。

彫像の実体はたしかにあるのに、想像でしか見ることのできない作品。

不思議な体験だった。

 

幻想的だったのが、暗がりの中、金箔と銀箔の粒子が上から降り注ぐ「ゴールドレイン」。f:id:macchi105:20211220133223j:plain

連綿と続く“金の雨”を作家は「生と死の澱(おり)、生命の淀みのようにも見える」と語っているという。

 

「Our dreams 夢」という作品は音声と映像で表現されている。

2人のピアニストが、ドビュッシーの「夢想」を弾いているが、ピアノを弾いているのではなく、ただ指を動かしているだけ。f:id:macchi105:20211220133255j:plain

f:id:macchi105:20211220133312j:plain

f:id:macchi105:20211220133330j:plain

f:id:macchi105:20211220133342j:plain

作家は2人の演奏者に頭の中で空想で弾くことをお願いしたといっている。

2人が空を切る指の動きに合わせて、あとで映像をくっつけ直すと、いかにも隣に座って連弾しているようになった。

まるで関係のない2人が、想像の世界でつむぎ合い、1つの曲を弾いている。これもコミュニケーションのひとつの形なのだろうか。

 

近くのそば屋で昼食タイムのあと、再びMOTへ。

午後はMOTの所蔵作品の展覧会「MOTコレクション Journals 日々、記す vol.2」。f:id:macchi105:20211220133401j:plain

どれもよかったが、中でも心に残ったのは河原温(かわら・おん)の「One Hundred Years Calender‐20ch Century “19,221days”」という作品。f:id:macchi105:20211220133428j:plain

彼は主にニューヨークを活動の舞台としていたが、メディアとの接触を極端に嫌い、展示会図録にも経歴はいっさい明かさず、ただ生きた日の日付だけを記すという「デイト・ペインティング(日付絵画)シリーズ」で有名な作家だった。

彼は20世紀の100年分の日付が並ぶカレンダーに、自分が生存した日に黄色で印をつけ、デイト・ペインティングを1点制作した日に緑色、2点以上制作した日に赤色で印をつけていた。それが「One Hundred Years Calender‐20ch Century “19,221days”」という作品だ。

 

デイト・ペインティングは日付を描くことに意味を見いだした連作絵画だが、ただ日付を書くだけといっても作家本人による厳しいルールが課せられていて、作品はその日のうちに制作をはじめ、その日のうちに制作を完了しなければ、すなわち午前零時を1秒でもすぎればその作品は破棄する、日付は制作場所の公用語で描く、アルファベットを使わない日本などでは世界共通語のエスペラント語を使う。アクリル絵の具を使い、筆触の痕跡を残さないよう綿密に重層的に塗られていて、色も同じようで日によって微妙に異なるなど極めて丁寧に仕上げられている。

 

「One Hundred Years Calender‐20ch Century “19,221days”」は1985年の作品で、この年の8月8日までの印がついている。つまり、彼は1985年8月8日まで19,221日生きたたことになる。f:id:macchi105:20211220133453j:plain

連綿と続く1つ1つの印は、彼の生きた証(あかし)であり、命のともしびだともいえるだろう。