善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

夜中に犬に起こった奇妙な事件

池袋駅西口ルミネ8階のシネ・リーブル池袋で「夜中に犬に起こった奇妙な事件」を観る。

「ナショナル・シアター・ライヴ アンコール夏祭り2021」と銘打って、過去に上映したナショナル・シアター・ライヴの作品から評判のよかった作品をアンコール上映していて、そのうちの1作。「本場イギリスに行かなくても日本の映画館で話題の舞台を観劇できますよ!」というのが売りだ。

 

同ライヴは、演劇界の世界最高峰であるイギリスのナショナル・シアターが、同国内で上演された舞台の中から厳選した作品の舞台上演を収録し、映画館で上映するプロジェクト。去年12月にもシネ・リーブル池袋で「リア王」「シラノ・ド・ベルジュラック」を観た。

 

「夜中に犬に起こった奇妙な事件」は原作マーク・ハッドン、脚色サイモン・ステファンズ、演出マリアンヌ・エリオット、主演ルーク・トレッダウェイ。

2012年に初演され、翌年のオリヴィエ賞(イギリスで最も権威があるとされる演劇・オペラに与えられる賞)で作品賞を含む主要7部門を独占し、14年のブロードウェイ公演では第69回トニー賞プレイ部門最優秀作品賞や最優秀演出賞などを受賞した。

原作小説は全世界で1000万部を超えるベストセラーになっているという。

 

数学や物理には天才的な才能を発揮するが、他人とうまく付き合うことができない15歳の少年クリストファー。隣家の飼い犬が殺された事件の犯人探しのために外の世界へ踏み出し、彼が知らなかった両親の不仲と母親の不倫、離婚問題などにも直面しながら、次第に成長していく物語。

 

映画といっても上演中の舞台をノーカット(休憩時間までほぼ時間通り)で収録・上映し、観客の笑い声もそのまま。カメラは四方八方、上からもとらえ、役者の表情までアップでくっきりわかるので、劇場の特等席に座っている気分。

出演者は主役のルーク・トレッダウェイも入れて全部で10人。さまざまな役を分担して演じるのだが、全く違和感がない。

舞台装置も簡素。それでいて臨場感あふれる感じで、プロジェクションマッピングの技術が実に効果的に発揮されていた。

 

主人公のクリストファーは、理系の頭脳は天才的なのだが、人と話すときストレートな言葉しかわからないので、「壁に耳あり」といった隠喩はまるで理解できず、なぜ壁に耳があるの?と思ってしまう。ハグするのも苦手で、相手につかまれると危険を感じて逆に相手をなぐったりしてしまう。

 

芝居の最後のクリストファーのセリフが印象的だった。

数学の上級試験でAの成績をとった彼は自分の夢を語る。

「来年の特別上級試験でもAをとるんだ。そして、大学へ行って、将来は科学者になるんだ」

無垢な心で生きようとしているクリストファーのような人間を見ていると、母親の不倫とか両親の離婚とかが瑣末(さまつ)なことのように思えてくる。もちろん両親にとっては人生の大問題なんだろうが、愛したり憎んだりするドロドロの世俗にまみれた生き方とは違った、別の生き方だってあるんだよということを教えてくれる芝居だった。