今、日本の歌舞伎批評界でもっともマトを射た、ときに辛辣な批評をしている渡辺氏の著というので手に取る。ちなみに氏のウェブサイトに毎月掲載される歌舞伎劇評はときどき読んでいる。
500ページ近い大著で、重くて寝ながら読むのには不向き。
この本を読み終わろうとしたとき、十二代目市川団十郎死去のニュースが飛び込んできた。
本書でも詳しく触れられているが、明治の歌舞伎といえば九代目団十郎。
五代目尾上菊五郎、初代市川左團次とともに、いわゆる「團菊左時代」を築いたが、歌舞伎の伝統的技法を重視しつつ、写実的なリアルさを描こうとした歌舞伎の改革者が九代目団十郎だった。しかし、そんな団十郎も若いころは「大根」呼ばわりされていたという。
本書でも詳しく触れられているが、明治の歌舞伎といえば九代目団十郎。
五代目尾上菊五郎、初代市川左團次とともに、いわゆる「團菊左時代」を築いたが、歌舞伎の伝統的技法を重視しつつ、写実的なリアルさを描こうとした歌舞伎の改革者が九代目団十郎だった。しかし、そんな団十郎も若いころは「大根」呼ばわりされていたという。
十二代目の団十郎も、若いころはそれほどうまいとは思えなかったが、年をとってきてだんだん風格・重厚さが出てきて、去年3月の国立劇場での『一谷嫩軍記』では「熊谷陣屋」の直実を演じた団十郎がとてもよかった。
また、うまい・へた以上に、「団十郎」という存在自体が重要だ。
また、うまい・へた以上に、「団十郎」という存在自体が重要だ。
これから円熟期を迎えるのかなと思ったら白血病に冒され、とうとう帰らぬ人となってしまった。66歳はまだまだ人生これからのはずだ。誠に残念というほかはない。
さて本書だが、いきなり慶應4年(1868年)、ということは明治元年の鳥羽・伏見の戦いの様子から始まる。
「明治」という時代の中で演劇がいかにしてつくられていったかがテーマ。時代背景とともに話が進んでいくので、歴史書を読む感じで引き込まれる。
「明治」という時代の中で演劇がいかにしてつくられていったかがテーマ。時代背景とともに話が進んでいくので、歴史書を読む感じで引き込まれる。
明治の演劇といえば、やはり歌舞伎が中心だが、何月何日にどんな芝居があって出演者は誰で、どんな演技だったのか、渡辺氏はまるで見てきたように書いていて、実に生々しい。現在の歌舞伎を熟知する氏だけに、当時の資料や新聞に載った劇評を読めば、手に取るようにわかるのだろう。
明治の歌舞伎を代表する「団菊左」の3人の名優はもちろんのこと、能の宝生九郎、梅若実、川上音二郎・貞奴夫妻の活躍、興行師としての守田勘弥の存在、さらには松竹兄弟の台頭、女優・松井須磨子の誕生など、演劇界の激動ぶりが日清・日露の戦争など政治・社会の動きとともに描かれていて、『明治演劇史』という固い題名にしてはすんなりと読めた。
渡辺氏によれば、「明治の演劇を貫通しているものは、写実への指向である」という。「(能の)梅若実から松井須磨子まで、あらゆる分野で、人々はリアルさに近づこうとしていた」。
「しかし、歌舞伎にしても、長年の呪縛はあまりにもつよかった。そのなかからついに脱却したのは、個人の自覚をもって、その真理を描いた松井須磨子であった」
「しかし、歌舞伎にしても、長年の呪縛はあまりにもつよかった。そのなかからついに脱却したのは、個人の自覚をもって、その真理を描いた松井須磨子であった」
明治の演劇のたどり着いた先が「松井須磨子」ということなのだろうか。