善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

オラフ・オラフソン『ヴァレンタインズ』

アイスランド出身の作家オラフ・オラフソンによる12の短編を収めた作品『ヴァレンタインズ』(白水社)を読む。

アイスランドは行きたい国の1つ。特に今もなお火山活動が活発だというので、“生きている島”という感じがする。つい最近、アイスランドを旅した友人の話を聞く機会があり、ますます興味を持つ。

白水社の本を読むのも久々だ。装丁がいかにも白水社っぽい。

「ヴァレンタインズ」とは「恋人たち」の意味。1月から12月まで、1年の各月の名前が冠された12編は、夫婦や恋人たちの愛の破綻ばかりを描いている。破局の形も少なくとも12通りはあるというわけか。

たとえば───。
〈四月〉オスカルとマルガリェーテは、湖畔のロッジで週末を過ごしている。夕食後、もう遅いと妻が止めるのも聞かずに、オスカルは幼い息子を連れて湖に出るが、ボートが転覆し、息子とともに溺れかける。その夜、助けてくれた隣人たちと語らううちに、夫に対するマルガリェーテの不信感が大きくふくらんでいく。

〈九月〉アメリカ人で見栄っ張りな実業家の夫マークと離婚寸前のエッダ。気の弱い彼女は、友人の計らいで単身パリに飛ぶ。新しい恋に出会い、自分を取り戻しつつあったある日、ふと入った骨董屋で、かつて慈善オークションに参加した夫が法外な値段で競り落とした彫像と再会する。

はじめの〈一月〉を読んで、ずいぶん透明な文章を書く人だなと思った。内容も透明感があって、出身がアイスランド(氷の国)だからかと思ったりしたが・・・。

読み進むうちにだんだん俗っぽさ(別れ話にありがちな)も出てくるが、それでも上品な話ばかり。登場人物がある程度高収入のホワイトカラーとか医者とか設計士とか、知識階級の人が多いから、ドロドロした話はほとんどないが、日本人にもありそうな話ばかりでもあり、別れ方はいずこも同じかもしれない。

文章も美文調ではなく、事実をたんたんと伝えていく。それはそれでいい手法だと思った。

作者がアイスランドをこよなく愛しているらしいことは随所でうかえがえた。祖国を離れてアメリカあたりで暮らしている人の話も多いが、心は依然アイスランドにあることがシミジミと伝わってくる。

作者のオラフ・オラフソンは1962年、アイスランドレイキャヴィク生まれ。アメリカの大学で物理学を学ぶ。ソニーなど世界的エレクトロニクス企業で活躍するかたわら、86年から小説を執筆。戯曲を含む多くの作品を発表し、母国アイスランドではベストセラーになっていると。。
本書は2006年のアイスランド文学賞を受賞。アイスランド語と英語の両方で執筆し、英語ではこれまでに長篇を3作発表している。O・ヘンリー賞受賞作を含む本書は、英語では初の短篇集。現在、妻と三人の子どもとともにニューヨークに住んでいる。

興味深かったのは、アイスランド特有の名前のつけ方だ。アイスランドでは多くの場合、父親の名前に接尾語をつけて姓にしているという。たとえば、男性なら、「父の名+sson」が姓になるという。だから、オラフ・オラフソンは、オラフの息子だからオラフ・オラフソンとなる。
日本とかほかの国なら、家系や家族のしるしとして姓があるが、アイスランドでは違うらしい。
家系より父親との結びつきを大事にしているのだろうか。

読み終わって、目の前にいる人がよりいとおしくなる本。