善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

リビア旅行記2

朝6時の善福寺公園。雲が低くたれこめている。
杭の上にシラサギが4羽。やがて大空に羽ばたく。
弁天島にはゴイサギが数羽。
いつの間にか、たくさんのオナガガモ
北から渡ってきたのだろう。

きのうからのリビア旅行記の続き。

内陸部にあるセブハから、2泊3日の砂漠ツアーに出かけた。
アルジェリアの国境近くのアカクス山脈を経て、途中、ロッジに1泊してワンカサ砂丘でテント泊し、砂丘を横断して再びセブハに戻る計画だ。
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4WDに分乗し砂漠をめざす。車はトヨタ。そういえばリビアでは車は圧倒的に日本車が多い。

6台の4WDに分乗し、しばらくは舗装された道路をひたすら西に進む。途中、ウバリという町でターバンを購入。といっても長さ4mほどのただの布で、これを頭に巻く。店の人に巻き方を教えてもらい、砂漠にいる間はターバンですごす。

エル・アウェントというところから南に針路をとると、道路のない砂漠地帯となる。道路がないだけではない。人もいないし、人家もない。トイレは青空トイレ、食事も、一緒についてきてくれるキッチンカーに乗ったスタッフがつくってくれるものを食べる。

やがてテントが張りめぐらされたロッジに到着。ナント一面砂漠で人跡途絶えたところに、電気が灯り水も出る。この日、ロッジに泊まったのはわれわれのグループとスペインからの中年観光客のグループ。こっちは13人に対し、あちらは20人ぐらいいるだろうか。食堂で同じ時間帯に食事をしたが、「スペイン人はきっと騒々しい」と思っていたら、意外と静かだった。やっぱり酒が飲めないと盛り上がらないのだろうか。

自家発電を頼りにしているので12時をすぎる真っ暗。深夜、テントを出ると、満天の星が美しい。
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ロッジから見た月

われわれが乗る車はその日によって違い、2日目のドライバーはオマルさん。出発のときドアをバタンと勢いよく閉めると、途端に眉をひそめて「ドアはそーっと閉めて」と注意された(といってもアラビア語でいうのだが、身振りでわかる)。
車を走らせているときも、列から離れて勝手なところを走る。はじめは「砂をかぶらないように旅行者に配慮しているんだろう」と思っていたら、どうやら車は自分の所有で、人間より車大事さにドアの開閉も静かに、車に砂がかぶらないように、としていたらしい。
テント泊では下に敷くマットレスを旅行会社が貸してくれたが、実はそれもオマルさん所有のもので、乱暴に扱っていないか、心配そうに見ていた。

ついでにいえばドライバーたちはみんな敬虔なムスリムイスラム教徒)で、1日5回のお祈りを欠かさない。そのたびに車はストップするが、無事に帰れるかどうかはドライバー次第なのだから、彼らを大事にしなければいけない。

アカクス山中に入り、風化によってつくられた奇岩群を見て回る。

サハラは太古の昔、緑豊かな草原地帯だった。そこにはおびただしい数の野生動物が生息し、狩猟民や遊牧民が暮らしていたのだろう。
その証拠となるものが残されている。1300カ所にのぼるといわれる壁画群で、紀元前1万2000年~前8000年ごろに描かれたといわれる。

描かれていたのは、キリン、バッファロー、サイ、アンテロープ、ヤギ、ダチョウ、ラクダ、狩りをする人、何か宗教行事と関係あるらしいポーズの人、男、女、馬車に乗る人、などなど。
とがった石で描かれたと思われる線刻画とともに、主に赤い色の顔料で描かれた岩絵も多い。岩絵があるのは岩が窪んで雨風にさらされないような場所だった。前方には川が流れていた跡があり、おそらく人々はそこを住居としつつ、さまざまな動物の絵を描いたのだろう。

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線刻画。キリンが描かれている

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岩絵。狩りをする人の姿だろうか


ふと見上げると岩肌に小さな穴がいくつもあいていて、ハチの巣のようだった。そういえば近くには植物も生えていて、1つはハンドゥルという小さなスイカのような実をつける植物。砂地に這うように葉を広げている。あとで調べたら日本名では「コロシントウリ」。北アフリカ原産で、果肉は非常に苦く、強い瀉下作用があるため、かつてヨーロッパでは下剤として栽培されたこともあるという。
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口にするととても苦いハンドゥル

もう1つはバランバという、こちらは背の高い木で、乾燥に耐えるためか幹はカラカラに乾いていて、手でつまむとまるで発泡スチロールのようにポロポロとむける。葉っぱにとがったものを突き刺すと白い液が滲み出てくる。これは実は毒であり、ちょっとでもさわるとかぶれるという。
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毒を持つバランバの木

途中、ひどい落書きの跡がある遺跡を見た。観光会社に雇われている4WDのドライバーが、待遇の悪さに腹を立ててスプレーでいたずらにしてしまったという。数週間前の出来事で、そのドライバーはいまも勾留中とのことだった。
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無残にスプレーを吹きかけられた遺跡

観光ドライバーだけに地理には詳しく、中でも有名な壁画が何カ所か、黒のスプレーを吹き付けられ消し去られていた。
線刻画や岩絵はどれも自然の中にそのまま残されている。監視員がいるわけでもないし、立ち入り自由だから、不心得者がいればひとたまりもない。それでツアーポリスが同行するようになったのかもしれない。今はまだ観光客がまばらだから、われわれも自由に見ることができるが、やがて厳重な監視下に置かれるようになるかもしれない。