善福寺公園めぐり

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新国立劇場「ヘンリー四世」 佐藤B作のセリフ

きのうは初台の新国立劇場シェイクスピア作「ヘンリー四世」を観る。
第1部、第2部の通し上演で、第1部が12時開始で、途中休み時間を挟んで午後8時40分まで、合計6時間の長丁場。中世イギリスの世界にどっぷり漬かった気分。

今年はシェイクスピア没後400年。それもあってかシェイクスピア劇がいくつも上演された年だった。
翻訳は小田島雄志、演出・鵜山仁、出演はヘンリー四世・中嶋しゅう、ハル王子(のちのヘンリー五世)・浦井健治、無頼の老騎士・フォールスタッフ・佐藤B作、反乱軍の指導者の息子ヘンリー・パーシー(ホットスパー)とフォールスタッフの仲間ピストルの2役・岡本健一など。

2009年にシェイクスピアの処女作「ヘンリー六世」をやはり鵜山仁の演出で新国立劇場で観て、このときは3部作を一挙上演でたしか午前中から夜まで合計9時間シェイクスピアの世界に浸った。
それもあって“あのときの感動”をもう一度と出かけていった。

ロビーに展示してあった舞台のミニチュア。
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今回はランカスター王朝を築いたヘンリー四世と世継ぎのハル王子の物語。
ロビーに貼ってあった系図から。
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第1部、第2部とも客席は7分の入り。1日通しで観る人も多かっただろうが、第1部は昼間だったこともあり女性が多く、午後5時半開演の第2部では男性がけっこう入っていた。

注目はハル王子役の浦井健治とフォールスタッフの佐藤B作。
前作のヘンリー六世では、生後まだ9カ月に満たないのに王となった来歴もあって、浦井演じるピュアな王の姿がとても印象的で、ヘンリー六世の王妃マーガレット役の中嶋朋子の演技も光ったが、今回の浦田の王子はパンクロックな不良王子という感じ。音楽もロックが随所で響いていた。

フォールスタッフはこの物語の主役ともいえる人物で、でっぷり太った老騎士であり、好色、強欲な大酒飲みだが、ウィットに飛んで時おりニクいことをいうハル王子のワル仲間。
そのフォールスタッフを佐藤B作が熱演。
ただ、気になったのは彼のセリフがかなりマイクで拡張されていたことだ。生の声だかマイクの声だかときどきわからなくなるほどで、せっかく目と鼻の先で演じているのに、人工的な声を聞かされたのではちょっと興ざめだった。

最近の舞台はPA(Public Address)の技術がかなり発達しているという。PAとは要するに音響技術を用いて舞台上の声とか音とかを遠くの客席までに上手に届けることだ。
特に新国立劇場はオペラなんかをやってる関係もあり、このPA技術に卓越しているらしい。
そのPAが演劇でも活用されている。

もともと劇場でのセリフをマイクで拾う技術はテレビなどの劇場中継に端を発しているという。ただしこの場合はあくまで放送のためのもので客には関係ない。
それに役者たちは劇場で生の声を客に届ける訓練をしているから、舞台の上で機械を使って自分の声を拡張しようなどとは毛頭考えていなかっただろう。
自分のナマの声を舞台の上から役者が唾を飛ばして伝え、演技する、それが芝居の醍醐味であった。

ところが、近年は映画やテレビの俳優たちがよく舞台で演じるようになり、かれらは舞台用の発声の訓練をしていないから、演劇の役者と共演するときなどは声の落差が目立ってしまう。また、舞台用の声ではなくテレビでしゃべっているような自然な声がいい、というのもあるだろう。

しかし、単純に役者のセリフをピンマイクなどで拾ってスピーカーで流すと、役者の位置からまるで関係ないところから声が出ていることになり、リアリティは極端に薄れてしまう。
それで最近のPA技術では、ナマの声と人工的に拡張した声とをうまくミックスして流しているようだ。
それでも、役者の声がよく聞こえないと、どうしても人工的な声を大きくせざるえないから、そっちのほうが目立ってしまう。
面と向かって話しているはずなのに、まるで電話で話しているような気分。
それで本当に演劇といえるだろうか(野外劇ならまだしも)。

きのうの佐藤B作の声がまさにそうだった。
彼はもともと舞台の出身だから、舞台用の声の訓練をしているはずだが、年齢的なものがあるのか?
ちょっと残念だった。

あるいは演出家は佐藤に対して、多少マイクに頼ってでもいいから自然の声でやってほしいと注文したのかもしれない。
そういえば第1部の冒頭、ヘンリー四世のところに使者が駆けつけ、反乱を起こした諸卿たちとの戦の報告を始めたとき、自軍の戦況不利を隠すため言い淀む場面があったが、一瞬、セリフを忘れたんじゃないかと思うようなセリフまわしだった。
しばらくして言い淀む演技とわかったが、どう考えたってセリフを忘れたとしか思えない感じだった。ヘタな演技だったといえばそれまでだが、役者は観客に背を向けてセリフをいってるから余計にわかりづらい。
困った顔を観客に見せるとかもうちょっとオーバーにやれば、忘れたんじゃないんだ、言い淀んでるんだとわかるはずだが、演出家はそれを許さなかったのだろう。

それでも、第2部での佐藤B作のフォールスタッフと、ラサール石井綾田俊樹の地方検事のやりとりが会場の爆笑を誘い、おもしろかった。
特に、ちょっと見ボブ・ディラン似で、よっぱらいの演技が見事だった綾田俊樹という役者を“発見”できたのが収穫だった。