ポーランド南部は「マウォポルスカ(小さなポーランド)」と呼ばれ、そこには15~16世紀に伝統的な木造建築技術を用いて建造されたゴシック様式の木造の教会が点在しており、「マウォポルスカ南部の木造教会群(Wooden Churches of Southern Małopolska)」としてユネスコの世界遺産に登録されている(2003年登録)。
それぞれ離れたところにあるのでとても個人で行くのは難しい。そこでクラクフ在住の英語のガイドさんを雇い、彼の運転とガイドで6つの教会を見て回った。
マウォポルスカ地方は、今は静かな田舎にしか見えないが、かつては鉱業、鉄鋼業が栄え、また、土地が肥沃なうえ重要な交易路や多くの町があり、ポーランドのほかの地域に比べてもより栄えていて、政治的にも大きな発言力をを持っていたといわれる。
また、ポーランドが周辺列強に分割された際には、オーストリアの支配下に入ったり、ロシアの支配を受けたりしていて、西からはーローマカトリックが、東からはロシア正教やルーマニア正教などが盛んに布教活動を行って影響力を広めようとしていた。おかげでこの地域には、数多くの立派な木造教会が集中するようになり、案内してくれたガイドさんによれば、かつては200を超える木造教会が点在していたという。
ところで、木造教会をめざして車を走らせている途中、しばしば目にしたのがコウノトリの巣。しかも、今がちょうど繁殖なのか、どの巣にもコウノトリのヒナらしいのがいた。
ガイドさんによると、ポーランドはヨーロッパ最大のコウノトリの繁殖なのだとか。
コウノトリはアフリカで越冬し、春になると繁殖のためヨーロッパにやってくるが、特にポーランドはほかを圧倒する数の多さとなる。
2004年の調査では、全世界約23万のペアのうち、約4分の1にあたる5万2500ものペアがポーランドで繁殖したという。
夏の今ごろのポーランドの田舎は、木々も煙突も電柱のてっぺんも、あらゆる高い場所がコウノトリの巣だらけとなるのだとか。
そんなコウノトリを観察しながら、最初に行ったのは1500年ごろの創建といわれる「ビナロヴァ聖大天使ミカエルの聖堂」。
マウォポルスカ地方の中でも最も古い教会のひとつで、約500年以上もの間、地元の人々に愛され続けている。
外観は、急勾配の深い屋根、外壁も木で覆われていて、細かくカットされた板を規則正しく並べて使う「こけら葺き」の手法が用いられているという。
下の部分がスカートみたいになっているのは冬の雪や雨風を遮るためだろうか。
内部は豪華絢爛。聖書に説かれるキリストの物語や、天井や壁すべてを覆う多彩な装飾は驚くほど緻密だ。
マウォポルスカ地方の教会建築は丸太を使うのが特徴だそうで、中でも1本の太い梁が建物を支えている。
次に行ったのはセンコヴァにある「使徒聖ピリポと聖ヤコブの聖堂」。
1520年ごろの創建といわれる。
まるでフレアスカートのようなこけら葺きの大きな屋根が特徴で、建物を囲む庇(ひさし)の下、軒下が広く取られている。
これは「土曜日(ソボタ)」と呼ばれていて、遠方から日曜日のミサへやってくる人々が土曜日の夜に泊まるスペースだったため、こう呼ばれるのだとか。
内部はミナロヴァの聖堂と比べると質素な印象。第一次大戦中にオーストリア軍の支配下にあった際、貴重な美術品はすべて持ち去られ、馬小屋として使用されていた名残だとか。
奥の方にある正方形のドーム型の塔を見上げると、複雑に入り組んだ木組みの構造がドームを支えているのがよく分かった。
昼食は村のレストランで、この地域の伝統料理に舌鼓を打つ。
台所を見せてもらった。
いろんな瓶詰めの漬物らしいのが所狭しと並んでいた。
続いて行ったのはオウチャリの聖母保護教会。オウチャリにある1653 年に建てられたギリシャ・カトリック教区教会。
ほかの木造正教会と同様に三部式の構造で、18世紀と19世紀に再建されたという。
教会の壁と屋根はこけら板、内部はバロック様式のイコノスタシス、同じくバロック期の聖母マリアと聖ニコライのイコンが飾られた側廊など、17世紀から19世紀の内部装飾が完全に残っており、西レムコ様式の正教会の好例といいわれる。
レムコとは、ポーランドとウクライナ、スロバキア、ルーマニアにまたがるカルパチア山脈一帯で暮している少数民族のこと。レムコ人は第二次世界大戦まで10~15万人が居住し、そのうち8万人がポーランドに住んでいたという。レムコ人はウクライナ語に近い独自の言語を持っていて、中世からコミュニティーを営んでいたといわれる。
聖教会ロピカ・グルナの大天使ミカエル。
1819 年にロピカ・グルナに建てられた旧ギリシャ・カトリック教会。
クウィアトンの聖女パラスケヴァ教会。
現在はローマ・カトリック教区の分教会として使用されている。
最後はブルナリにある聖教会大天使ミカエル教会。
この教会は元々は1797年築の教区正教会であり、現在はローマカトリックの聖母被昇天教会になっている。建物は3部構成の木造正教会で、西レムコ正教会の特徴をよくあらわしているといわれる。
屋根は目隠しの提灯をつけたいかにも正教会らしい玉ねぎ型。内部には、建築や植物をモチーフにしたロココ様式の多彩装飾があり、18世紀末の後期バロック様式の多彩装飾も一部保存されている。
どの教会も、外から見ると素朴な木造建築だが、内部は豪華で色鮮やかで、まるで楽園のような宗教世界が広がっていた。