東京・千駄ケ谷にある国立能楽堂で、夏スペシャル「蝋燭の灯りによる 特集・魂魄のゆくえ 狂言と落語・講談」の企画公演。
講談は神田松鯉(しょうり)「番町皿屋敷」、落語は柳家さん喬「野ざらし」、狂言は大蔵流・大藏彌太郎、山本泰太郎、茂山千五郎「武悪(ぶあく)」。
国立能楽堂は今年、開場40周年を迎えたそうだが、アプローチからして異空間に入っていく感じで、まずは立派な門をくぐる。
1983年完成の建物の設計は大江宏。
中庭は四季の移ろいが楽しめる日本庭園になっている。
広間を見上げると美しい木目の天井。
能楽堂の舞台は不思議な造りになっていて、建物の中にもう1つの屋根つきの建物があり、それが能楽堂。
能舞台は「見所(けんしょ)」と呼ばれる客席に突き出ている感じになっていて、客席は舞台のまわりに取り囲むようにある。
屋内なのになぜ能舞台に屋根があるかというと、かつて能楽は屋外で演じられていて、その名残だという。このため屋内なのに屋根があり、4本の柱もあって、客席との間には玉石が敷いてある。
本日は「蝋燭の灯りによる」というわけで、20数本のロウソクが灯され、やがて天井の照明は消えてやロウソクの灯だけとなる。
講談の神田松鯉は1942年生まれというから今年80歳になるが、そんな歳に見えないほど若い声。2019年に講談師としては2人目の人間国宝に認定されている。
「番町皿屋敷」は夏の季節の定番だが、今まで聴いてきたのとは話のスジがちょっと違う。
話は徳川秀忠の娘、千姫にまでさかのぼり、彼女は男を引き込んでは井戸に放り込んでいたという伝説が残っていて、そこに屋敷を構えたのが、旗本の青山主膳。
屋敷にはお菊という女中がいるが、彼女の父は豊臣方の残党、高坂甚内で、青山は彼を斬首し、娘は不憫だというので女中として召し抱えたのだった。
お菊にとって青山は命の恩人であり、父の仇でもあったが、やがて青山はお菊にいい寄ってくるようになり、これをはねつけるお菊。そんな彼女に同情するそぶりを見せながら、自分のものにしようと近づいてくるもう1人の悪い男がいて、青山家の用人、相川忠太夫。
結局、男2人はお菊に拒絶されて、怒った相川は一計を案じ、青山家家宝の皿を1枚隠してお菊に数えさせる。一枚足らないというので、千姫の伝説が残る井戸に彼女を放り込む。
この世の人ではなくなったお菊が復讐に向かった先はというと、殿さまの青山ではなく、松鯉版では用人の相川忠太夫だった・・・。
昔は講談の怪談ものというと、大道具や照明を駆使した一龍斎貞水の語りが身の毛もよだつ感じで怖かったが、松鯉の語りはさほど怖さはなくて、ちょっと拍子抜け。しかし、これが正統派なのかもしれない。
続く柳家さん喬の「野ざらし」は、幽霊が出てくることは出てくるが、怖いというより、そこは落語だけに滑稽なはなし。
長屋に住む八五郎。隣に住む浪人、尾形清十郎に、昨夜きた美女はだれかと聞くと、清十郎は向島へ釣りに行ったところ野ざらしの髑髏(どくろ)があったので酒をかけて回向(えこう)した。すると夜中に幽霊がお礼にきたのだと答える。
それを聞いた八五郎は、美人の幽霊にきてもらいたいと向島へ行き、エサもつけずに釣り竿を振り回して浮かれて大騒ぎ。野ざらしの骨があったので酒をかけ、自分の家を教えて帰る。どんな美人の幽霊がくるかと待っていると、やってきたのは、屋形船の中で八五郎が骨に語ったのを聞いた幇間(太鼓持ち)だった・・・。
「野ざらし」でおもしろいのが釣り竿を振り回しながら八五郎が歌う「サイサイ節」。
鐘がボンとなァりゃサ
上げ潮ォ 南サ
カラスがパッと出りゃ コラサノサ
骨(こつ)がある サーイサイ
そのまた骨にサ
酒をば かけりゃサ
骨がべべ着て コラサノサ
礼に来る サーイサイ
そらスチャラカチャン
たらスチャラカチャン
元歌は幕末からはやった江戸端唄で、横浜の野毛山にできた異人館の風俗を歌にしたものという。大正6~7年ぐらいまで歌詞をかえて何度も流行したといわれる。
休憩のあとは狂言「武悪」。
「武悪」は2回目で、2年前の6月、東京・三軒茶屋の世田谷パブリックシアターで狂言の会があり、野村万作らによる「武悪」を観ている。
召使の武悪が不奉公だというので、主人から「武悪を成敗せよ」と命じられた太郎冠者。武悪とは幼なじみなので、とても討ち取る気持ちにはなれないのだが、主人の命令とあってやむなく出かけていく。
正面からではやりにくいので、たばかって武悪を討とうとして、川魚を献上させることにして武悪が捕っているところを、うしろから斬り殺そうとする。びっくりした武悪、始めはたばかって殺されることに怒り心頭だったが、やがて主の命ならと首を差し伸べる。しかし、太郎冠者はどうしても武悪を斬ることができず、斬ったことにするから見えぬ国へ行け、と逃がしてしまう。
館に帰った太郎冠者が討ち果たした伝えると主人は大喜びで、東山へ遊山に行こうと太郎冠者を従えて出かけていく。
一方、武悪はというと、命が助かったのは清水寺の観世音のおかげ、見えぬ国に行ったら二度と参詣できないからと清水寺に向かうと、鳥辺野(とりべの)のあたりで両者は鉢合わせしてしまい、互いにびっくり。
太郎冠者のとっさの入れ知恵で武悪は幽霊になりすますと、主人は急に怖気づく。そこで武悪は、あの世であなたさまの父親に会い、息子から太刀や扇を受け取ってくるよう頼まれたといって、太刀などを取りあげる。さらに、あの世へ連れてくるようにと伝言されたといって、あわてふためく主人を追い立てて退場。
家来を斬り殺させようという深刻な話が、一転して幽霊が出てくる喜劇になるところがミソで、客席からも笑いが上がる。
ロウソクの灯だけで講談や落語、狂言を聴き、観ると、きっと昔の人々はこんなふうにして楽しんだんだろうなという思いにかられる。
落語の世界では、寄席でトリをつとめる資格がある落語家を「真打」というが、その語源は、寄席は当時、灯がすべてロウソクだったので、トリをつとめる落語家が最後に火を消すためにロウソクの芯を打ったことから転じた言葉だそうだ。
今夜のように20数個もあるロウソクの芯を打つのは大変だろうが・・・(という話をさん喬がして笑いをとっていた)。
それに能や狂言はもともと野外で行われていたのだから、ロウソクの灯だけの薄暗い中での狂言は、本来の姿だったかもしれない。
午後5時半開演で終わったのが8時少し前。
JR千駄ケ谷駅から中央線の荻窪駅でおりて、南口近くの「おざ」でイッパイ。
生ビールのあと、日本酒を徳利で何本か。
岩手の「紫宙(しそら)純米 無濾過原酒 金色の風」という酒がおいしかった。
つくっているのは岩手県紫波町旧水分(みずわけ)村にある蔵人4人の小さな酒蔵、紫波酒造店。
南部杜氏初の女性杜氏である小野裕美サンが醸す紫宙シリーズの酒。
「金色の風」とは、仕込みに使う岩手県の高級ブランド米だとかで、高級米の味わいを感じてもらいたくて、あえて精米歩合を70%にとどめたという。
なるほど米の旨味が感じられる味わい。
料理はまず先付け。
旬の野菜のお浸し。イチジクもあった。
刺し身盛り合わせ。マグロ、しめサバ、ニシン、真鯛、カマスなど。
メニューにあると必ず注文する生牡蠣。
新ショウガの肉巻き。
いい気分で帰還。