日曜日朝の善福寺公園は曇り。けさはそれほど寒さを感じない。
上池で仲良くエサをついばんでいるのはヒドリガモのカップルか。
下池にまわると、3羽のカワセミ。
まず出会ったのはメスのサクラのようだ。
ジッと池に目を凝らす。
少し離れたところにいたのは、小四郎か六兵衛か。
さらに池をめぐっていると、またまたオスのカワセミ。
オオバンはひとりぼっち。
再び上池に戻る。
公園隣の屋敷林から枝が伸びていて、サネカズラのつるが巻きついて赤い実がなっていた。
サネカズラの学名はKadsura japonicaで、「日本の葛(かずら)」という意味だが、日本の主に関東より西の地方のほか、朝鮮半島南部、台湾、中国といった東アジア照葉樹林帯に自生する。
「実葛」「真葛」と書き、「実(さね)が美しいカズラ」の意味らしい。
だが、「サネ」にはどこか妖しい響きがあり、思いつくのは百人一首の次の歌。
名にし負(お)はば逢坂山(あふさかやま)のさねかづら人に知られでくるよしもがな
三条右大臣、藤原定方の歌だが、恋しい人に逢えるという逢坂山に生えるのが、あなたと一夜をすごせるサネカズラ。誰にも知られずにそこへあなたを連れ出せればいいのに・・・。
ここでいうサネカズラのサネとは「さ寝」のことで、「さ」は接頭語。「ね」は寝ること、特に男女が一緒に寝ることを意味する。
万葉集にも次の歌。
あしひきの山さな葛もみつまで妹に逢はずや我が恋ひ居らむ
山のサネカズラの実が赤く色づくまで、愛しいあの人に逢えないままずっと恋い焦がれていなければならないのでしょうか。
何とも悩ましい歌。
そういえば同じつる性の植物にテイカカズラ(定家葛)がある。
名前の由来は、式子内親王を愛した藤原定家が、死後も彼女を忘れられず、ついにカズラに生まれ変わって内親王の墓にからみついたという伝説をもとにした謡曲「定家」からきている。
つるを伸ばして巻きつくカズラは情念の炎でもあるのか。
それにしても昔の人は、自然を見ることで想像力を豊かにふくらませている。
サネカズラのつるの新しいのは、皮を剝ぐと粘り気が出るという。
そこでつるの皮をむしり、水で揉んで出てくる粘液を乱れた髪につけて整髪剤にしたので、「美男葛(ビナンカズラ)」の別名もあるとか。
ということは男性用の整髪剤だったのか?
しかし、平松隆円著の「黒髪と美女の日本史」(水曜社)によると、平安時代の洗髪には、灰汁(植物を焼いた灰を水に浸した上澄み液)や「泔(ゆする)」(米のとぎ汁)、「美男葛」などが用いられたとあるから、女性も使っていたようだ。
何しろ当時の宮さまはもちろん宮廷に仕える女性たちは髪が長かったから、洗うのもひと苦労だったろう。
「源氏物語」に登場する浮舟の髪は「いと多くて、六尺ばかり」とあるから180㎝ぐらいもある。身長を越えるような丈に余る長さが理想的だったのだろうから、髪を洗うのは一日がかりの大仕事。
「宇津保物語」は「宮さまは朝早くから日が暮れるまで髪をお洗いになる」と書いている。このため、髪は今みたいにしょっちゅうは洗え出ず、月に何度と決められていたそうだ。
洗いすぎよりはいいと思うが、平安時代の女はつらいよ。