東京・上野の東京都美術館で開催中の「ポンピドゥー・センター傑作展― ピカソ、マティス、デュシャンからクリストまで―」を見に行く。
金曜日の午前中。
動物園前の公園の周辺はけっこうにぎわっている。
展覧会場は平日の日中とあって中年のご婦人方が多かったが、それほどの混雑はなく、ゆっくり見学できた。
金曜日の午前中。
動物園前の公園の周辺はけっこうにぎわっている。
展覧会場は平日の日中とあって中年のご婦人方が多かったが、それほどの混雑はなく、ゆっくり見学できた。
パリの中心部にあるポンピドゥー・センターは正式名称ジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センターといって、1977年に開館した。むき出しのパイプやガラス、透明なチューブ状のエスカレーターで構成されたまるで工場を思わせる建物は有名。
ポンピドゥー・センターにある国立近代美術館には20世紀初めから現代までの作品約11万点が所蔵されていて、今回は所蔵作品の中から、ピカソやマティス、デュシャン、ジャコメッティをはじめ、日本ではあまり知られていない画家の作品も含め、フランスの20世紀に焦点をあてて1906年からポンピドゥー・センターが開館した1977年までのタイムラインを「1年1作家1作品」によってたどる展覧会。全部で71作品。
ポンピドゥー・センターにある国立近代美術館には20世紀初めから現代までの作品約11万点が所蔵されていて、今回は所蔵作品の中から、ピカソやマティス、デュシャン、ジャコメッティをはじめ、日本ではあまり知られていない画家の作品も含め、フランスの20世紀に焦点をあてて1906年からポンピドゥー・センターが開館した1977年までのタイムラインを「1年1作家1作品」によってたどる展覧会。全部で71作品。
どの作品もそれなりによかったが、中でも印象的だったのがオットー・フロイントリッヒ という画家の「私の空は赤」という作品。1933年、油彩、カンヴァス、と説明にある。
四角い色の組み合わせによる抽象画なのだが、とてもリアルな感じで迫ってくる。
四角い色の組み合わせによる抽象画なのだが、とてもリアルな感じで迫ってくる。
もともとポーランド出身のユダヤ人で、ミュンヘンとベルリンで歯学と美術史を学んだという。1908年に初めてパリを訪れ、ピカソなどと交流。ドイツに戻る。
ところが、ナチス・ドイツの時代になると彼の作品は「頽廃芸術」の烙印を押され、美術館から撤去されてしまう。身の危険を感じてピレネーに逃れ、そこでナチスによって破壊された作品の再製作を行っていたところ、密告によって連行され、強制収容所に送り込まれる。そして1943年、65歳のとき、処刑されたという。
ところが、ナチス・ドイツの時代になると彼の作品は「頽廃芸術」の烙印を押され、美術館から撤去されてしまう。身の危険を感じてピレネーに逃れ、そこでナチスによって破壊された作品の再製作を行っていたところ、密告によって連行され、強制収容所に送り込まれる。そして1943年、65歳のとき、処刑されたという。
彼の作品の大部分はナチスによって破壊されたが、残された作品が彼の思いを伝えている。
会場には絵画や彫刻だけでなく映像作品もあって、オルリー空港の格納庫を建設する映像がおもしろかった。
巨大なアーチ形の建物を人力だけで作っていく。コンクリートを流し込む作業もすべて人力で、よくもあれだけの巨大な建造物ができたと思う。
巨大なアーチ形の建物を人力だけで作っていく。コンクリートを流し込む作業もすべて人力で、よくもあれだけの巨大な建造物ができたと思う。