善福寺公園めぐり

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ドナ・アンドリューズ『恋するA・I探偵』

図書館の書庫で眠っていたドナ・アンドリューズ『恋するA・I探偵』(ハヤカワ・ミステリ文庫、2005年発行)。

以前、内藤陳(「ハードボイルドだど」のギャグで知られるコメディアンでミステリ評論家でもある)が勧めていたが、タイトルがあまりにも情けなくて無視していた。まあ借りて読むならいいか。

読み始めたら、何と主人公は人工知能(AI)で、人間どもを手足に使って難事件を解決するという奇想天外なお話。

出版社の宣伝文句によると──。
健気でチャーミング、でもちょっと傷つきやすいチューリングは女の子型人工知能。ネットワーク上のあらゆるデータにアクセス可能な彼女は、顧客の検索を手助けするリサーチャーとして大人気だ。だがある日、彼女を作ったプログラマーのザックが突然失踪する。彼に密かな恋心を抱くチューリングは名作ミステリを読み読み探偵術を覚え、彼の行方を追いはじめるが…人気作家の新シリーズ第1弾。アガサ賞最優秀長篇賞作品。

ネットワーク社会を描いた作品ではジェフリー・ディーヴァーの『ソウル・コレクター』という小説があった。住所、氏名、年齢、職業、身体データ、メールアドレス、携帯の番号といった基本的な事柄から、趣味や嗜好、交友関係、さらには保有資産や、いつ、どこで、なにを買ったかといったことまで、個人のありとあらゆる情報を把握して、人を破滅に追い込む…という話で、想像するだけでも背筋が寒くなって、この本を読んだあとしばらくは、なるべくカードを使わずに現金決済にしたほどだったが、今回の『恋するA・I探偵』は痛快なストーリー。

元来が企業向けリサーチ・プログラムが組み込まれているAIにすぎないはずだが、より顧客の希望に添うため人間らしさを備えるようプログラミングされているチューリング・ホッパー(主人公であるAIの愛称)は、いつの間にか人間と同じような感情を持つようになる。いつしか自分をつくってくれたプログラマー・ザックに恋心を抱くようになり、ザックが失踪すると、人工知能を駆使して情報を収集・分析し、行方を捜し始めるが、やがてある恐ろしい陰謀の存在に気づく。

そうなると居ても立ってもいられなくなるが、会社内のハード機器に組み込まれたAIだけに、外に出ていくわけにはいかない。そこで、協力者になってくれた50代の女性社員と、若いコピー係の男性社員を味方につけ、2人の協力を得て自分の分身であるロボット(音声認識・生成機能や、ウォルドゥとかいう手のように使える多目的リモコン装置も装着)を完成させ、いよいよ町に出る。

そして最後は、ロボットに姿を変えたAI探偵の活躍となるのだが、とんでもない荒唐無稽な話を「いかにもありそうな物語」として読ませるあたり、さすがとうならされる。

AIが感情を持つとどんなことを考えるか、そのあたりも読んでいて楽しい。
たとえば、AIがいくら人間的になっても理解できないのがセックスだそうで、自分を設計したザックとの問答で、ザックは答える。
「経験しなければわからないもんなんだよ、相棒」
なるほど、AIにセックスの経験は無理だろう。

コンピュータの知識がなくてもするすると読めておもしろいが、多少知識があればもっと読むスピードは上がったかもしれない。

ただし、シリーズ第1弾と銘打って出版されたらしいのに、アメリカではその後も何冊か出たらしいが、日本では続編が出てない。どうやら人気はイマイチだったようだ。話はおもしろい。映画化してもいいくらい。むしろ原因は『恋するA・I探偵』という陳腐なタイトルにあると思うんだが・・・。