歌舞伎座六月大歌舞伎の昼の部を観る。

演目は「寿式三番叟」「女車引」「梶原平三誉石切」「恋飛脚大和往来 封印切」。

最初、花道から出てくるときはいかにも三枚目ふうで笑わせる。それが物語が進むとともに悲劇の主人公になっていくのだが、恋敵の八右衛門の挑発に乗って、なぜ公金の封印を切ってしまうか、以前、文楽の「冥土の飛脚」をみたときは疑問だったが、きのうの芝居を見ていてその理由がわかった気がした。
2階座敷で隠れて聞いている忠兵衛の存在を知らずに、八右衛門が傾城梅川や井筒屋おえんらに忠兵衛に対する悪口を並べ立てるのだが、こっそり聞いていて忠兵衛がついカッとなったのが、忠兵衛のことを「あいつは田舎のドン百姓の倅。大金が用意できるはずもない」とあざ笑うところだった。それを聞いて堪忍袋の緒が切れて「金ならある!」と飛び出していくのだった。
士農工商の時代で、農は工や商よりは上、とはいっても、やはり田舎のどん百姓=貧乏と蔑まされていたのだろう。その差別の現実をあからさまに突きつけられ、忠兵衛はついに我を忘れてしまうのである。