四代目の襲名披露で初役をつとめて以来、梅玉が当たり役としているというので観る。
近松徳三ほか作で、初演は1796年(寛政8年)。通称「伊勢音頭」。
伊勢・古市の廓・油屋で実際に起きた事件を元に、当時の庶民の憧れであった伊勢の名所や風物を盛り込み、妖刀「青江下坂(あおえしもさか)」を軸としたサスペンスドラマ、あるいは名所案内を兼ねた“ご当地ドラマ”といえるかもしれない。
出演は中村梅玉、中村時蔵、中村又五郎、中村扇雀、中村梅枝ほか。
平日の昼間(12時開演)だったからか、客席が閑散としていたのが寂しかった。役者を励まそうといつもより余計に拍手する。
又五郎が檄ヤセしてたのが気になったが端正な演技、梅玉の円熟したやわらかさ、時蔵の憎まれ役がさすがにうまい。いつもは立役の歌昇の三枚目の女形も笑わせる。遊女役の梅枝が歌麿描くところの浮世絵から抜け出たような美しさ。扇雀も関西風で“つっころばし”の味わい。
阿波国の家老の息子・今田万次郎(中村扇雀)は、将軍家へ献上する名刀「青江下坂」を入手するため伊勢に滞在するが、遊女・お岸(中村莟玉)に心を奪われ、せっかく手に入れた刀を茶屋への支払いに窮して質入れしてしまう。それどころか、御家横領を目論む謀反人の一味・徳島岩次(実は藍玉屋北六)(片岡市蔵)らの罠にかかり、刀の折紙(鑑定書)までも騙し取られてしまう。
一方、万次郎の家来筋で伊勢の御師(おんし、神官の一種)である福岡貢(ふくおか・みつぎ、中村梅玉)は、万次郎の伯父で神領を支配する長官・藤浪左膳(中村又五郎)から刀の探索を頼まれる。
武家の生まれながら御師として育った貢は“ぴんとこな”(柔らかみの中に芯の強さを持つ役柄)として演じられ、“つっころばし”(柔弱で滑稽味を帯びた色男の役柄)の万次郎とは対照的に描かれている。
クライマックスは、妖刀「青江下坂」に魅入られた貢が、刀に引っ張られるようにして次々と人を殺めていく凄惨な場面。歌舞伎だと殺人場面が様式美で表現されるので、人を殺すと拍手が湧き起こる。
意地悪女の仲居万野は中村時蔵、貢に味方する料理人喜助は中村又五郎(藤浪左膳との二役)、貢と恋仲の遊女お紺は中村梅枝。
公演期間中は劇場ロビーで、妖刀「青江下坂」のモデルとなった「葵紋康継(あおいもんやすつぐ)」(葵下坂/あおいしもさか)が特別展示されていた。
作刀した越前康継は近江国(滋賀県)長浜市下坂の出身で、越前北ノ荘藩主の結城秀康(家康の次男)のお抱え刀工となり、のちに徳川家康・秀忠の両将軍に鍛刀の技を認められ、刀の柄に被われた部分に葵の紋を切る(彫る)ことを許された。康継が作刀し葵紋を切ったものが「葵紋康継」「葵下坂」と称されているが、康継の名を相伝して幕末まで江戸幕府御用鍛冶をつとめたという。
展示されているのは江戸時代前期の作で、刃の長さは二尺二寸九分弱(69.3 cm)。
「葵」の紋が彫り込まれている。
その下には、「康継以南蛮鉄於越前作之」とあり、「康継が南蛮鉄をもって越前においてこれを作った」という意味らしい。
また、折紙とは江戸期に刀剣の研磨と鑑定を生業とし将軍家に仕えた本阿弥家が真贋鑑定などの際に発行していたもの。 展示の折紙は元禄 12(1699)年に、本阿弥家十三代光忠によって発行されたもので、展示中の「葵紋康継」とは別の刀の折紙という。