善福寺公園めぐり

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ピエール・ルメートル われらが痛みの鏡

ピエール・ルメートル「われらが痛みの鏡」(平岡敦訳、上下巻、ハヤカワ・ミステリ文庫)を読む。

 

第1次と第2次の世界大戦を舞台にした「天国でまた会おう」「炎の色」に続く歴史ミステリ3部作の完結篇。

作者のピエール・ルメートルは「悲しみのイレーヌ」や「その女アレックス」などでも知られるパリ生まれの作家。

本作は、前2作同様、戦火にもてあそばれる人々による群像劇。フランスの話なのに自分のことのように身を焦がしながら読む。そこが小説のおもしろさかも。

 

第1部ともいえる「天国でまた会おう」は、第1次世界大戦を辛くも生き残りながら、疲弊した戦後のフランス社会で失意の日々を送る復員兵のエドゥアールとアルベールが、とてつもない詐欺計画を企てる物語。続く「炎の色」は、エドゥアールの姉マドレーヌが主人公で、弟や腹心の部下の裏切りにより財産を奪われた彼女が“倍返し”の反撃に出る復讐劇。

そして今回の「われらが痛みの鏡」は、第1作でエドゥアールの下宿先の娘だったルイーズが成長した姿で登場。第2次世界大戦さなかの1940年6月、パリ陥落を目前にして、逃げまどう人々の姿が描かれる。

といってもピエール・ルメートルの手になれば、悲惨なだけの話にはならずに波瀾万丈の群像劇となって読みごたえ十分。

ルイーズ始めいろんな人々が登場し、最初は無関係だった人物が、無数の避難民とともにロワール方面へと向かううち、それが運命というものなのか、偶然の連鎖によって一点に交わる。

 

それにしても作者は、なぜ3部作の最終章に、フランスの敗北である1940年6月を選んだのだろうか。

迫りくるナチス・ドイツの侵攻を前に、フランス政府はパリを棄て、降伏してしまった。残された一般市民たちは生死をかけた大脱出を行い、これをフランス人たちは旧約聖書にある出エジプトになぞらえて「エクソダス」と呼んでいるそうだ。

ナチス・ドイツの侵略から逃れるため自国内で難民となった人々の姿を描くことで、戦争とはどういうものか、あるいはそんな中でも生き抜く人々のしたたかさを伝えたかったのだろうか。