来年2020年は劇作家・井上ひさしの没後10年。
「井上ひさしメモリアル10」としてこのところ井上作品の上演が多いが、そのひとつ、天王洲・銀河劇場で上演中の「組曲虐殺」を観る。
プロレタリア作家で非合法下の日本共産党員だった小林多喜二とその周囲の人々が、弾圧の嵐が吹きすさぶ中でも明るさと希望を失わずに生きる姿を描いた作品。
2009年に初演。井上ひさしはその年、肺がんと診断され、闘病のさなかに書いた最後の戯曲となった。彼は、初演の翌年に亡くなっている。
演出した栗山民也によると、井上の父は農地解放運動にかかわったあと病死したという。「組曲虐殺」は多喜二の姿に亡くなった父を重ねて書かれたという。
初演の稽古では、いつもは笑い転げる井上さんが嗚咽していた、と栗山は振り返っている。
今回は2009年の初演、12年の再演に続き、3度目の舞台。
出演は井上芳雄、上白石萌音、神野三鈴、土屋佑壱、山本龍二、高畑淳子。
音楽と演奏は小曽根真。
1930年(昭和5年)5月下旬から、小林多喜二が特高警察に連行されて29歳という若さで拷問で命を落とす1933年2月までの2年9カ月をたどる。
多喜二(井上芳雄)は、同志の伊藤ふじ子(神野三鈴)と特高警察に追われて潜伏先を変えながらも、信念を貫いて生きていた。姉の佐藤チマ(高畑淳子)と恋人の田口瀧子(上白石萌音)は、そんな多喜二を心配する。そして彼を監視する刑事の古橋鉄雄(山本龍二)と山本正(土屋佑壱)は、いつしかその人柄に引かれていく。しかし、ある日とうとう多喜二は逮捕されてしまう・・・。
平日の昼間というのに客席は満員(少なくとも1階は)。
平日だからか、いつもの芝居の客層とはちょっと違う感じ。
一緒に行った人がトイレで「小林多喜二って実在の人?」と話す声を聞いたというから、政治や歴史のことなんかまるで関心のない人も多かったに違いない。
それでも感動的な舞台に、フィナーレではみんなスタンディングオベーションで拍手を送っていた。
多喜二役の井上芳雄が熱演。上白石萌音のピュアな歌声もよかった。
そして何といっても生演奏の小曽根真のピアノがすばらしかった。
チラシに井上ひさしの次の言葉が載っていて、あらためて小林多喜二のことを思う。
母や弟や恋人や同士たちのもとへ、
彼は死体となって戻ってきた。
コメカミの皮が剥ぎ取られている。
頬には錐で突き刺された穴がある。
アゴの下が刃で抉られている。
手首に足首に縄目のあとがあるのは
天井の梁から吊されて拷問されたからだ。
下腹部から大腿部にかけてが、
陰惨な渋色に変色している。
陰茎も睾丸も同じ色で、しかも、
大きく膨れ上がっている。
同志の中に医者がいて、丹念に調べた。
「この変色は、弓の折れか棍棒で、メッタ打ちに
撲りつけられてできた内出血のあとです。
錐を突き立てたような傷あとが二十近くもありますが、
これらは畳屋で使う針を突き刺して抉ったものでしょう」
右の人指し指が折れてぶらぶらしている。
『蟹工船』のような小説を、
二度と書けないようにするために、
刑事たちがへし折ってしまったのだ。
同志たちは後日の証拠のために、
何枚も写真を撮った。
おしまいに同志の千田是也と佐土哲二が、
ていねいにデスマスクをとった。