善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

公園の「黄金バット」

3日の文化の日から、わが家のご近所の都立善福寺公園で野外アート展「トロールの森」が始まった。
善福寺公園は駅からも遠く離れ、住宅街にある公園。そこで国際的なアート展が毎年開催され、今年で10周年を迎えたというのは意義深い。

最初は3人のアーティストでスタートし、今年は16人のアーティストの野外展示のほか、主に日曜・祝日に、アートツアーや、私が所属する地元のミニFM放送局「ラジオぱちぱち」がプロデュースするパフォーマンスが行われている(23日まで)。
また、今年はアーティストと地元の小学校がタイアップしたプログラムもいろいろと展開されている。

ラジオぱちぱちのパフォーマンスはラジオドラマ「黄金バット」の実演版。題して、「黄金バット第72作 怪タンク復活の巻 合唱つき」。

実演版は何年も前に、小学校を卒業するメンバーの子どもたちへの励ましをテーマにビデオ版をつくり、その後、毎年4月(年によっては5月)にやっている放送開始からの周年記念イベントでお米屋さんの前での街角ライブ放送をやるときに実演したりしているが、トロールの森への出演は昨年に続いて2回目。

実演版では1つ決めていることがある。かつての小学生で、今は大学生になった子どもたちを「青年部」と勝手に決めつけ、小道具をつくってもらうことだ。

去年の春の周年イベントの黄金バット実演版のときは「巨大ガマ」をつくってもらった。次はもっと大きいものをと、秋のトロールの森では「巨大ゾウ」をつくってもらった。そうやってどんどん大きくしていこうと、今年の春の周年イベントでは「巨大な海賊船」。ただし、先端の部分だけ。
そして今年秋のトロールの森でつくってもらったのは、高さ1・9メートルの「巨大ロボット」。来年は一体どうなることやら・・・。

3日の初日は10時から第1回目の上演。所要時間は約25分。11時からは2回目もこなし、13日(日)、20日(日)にも1日2回ずつ上演する予定。

3日は雲は出てたものの風もなくすごしやすい1日で、お客さんがたくさんやってきた。出演者は全員、ラジオぱちぱちのメンバーとその知り合いで、当然のことながらみんな素人ばかり。なかなか奇想天外の話に仕上がった、と脚本を書いた本人(つまり私)は思っているのだが・・・。

もともと今回の脚本のモチーフは、まるで関係ないようなフィンランドの民族叙事詩「カレワラ」。ギリシャの「イリアス」、インドの「ラーマヤナ」と並ぶ世界3大叙事詩の1つで、フィンランド人にとって国民的勇者の波乱万丈の冒険譚であり、アイデンティティの寄りしろであり、義務教育で教えられているくらいメジャーであり、全50章からなる一大長編。

その中に、向こう見ずの冒険者レミンカイネンの物語がある。レミンカイネンは妻を娶るため旅に出るが途中で殺され、バラバラにされて川に放り込まれてしまう。心配した母親がやってきてバラバラの体を回収し、つなぎあわせて生き返らせようとする。
蘇生のためには魔法の軟膏が必要で、母はミツバチを呼び寄せ、秘薬を探しに行かせる。
ミツバチが持ち帰ったハチミツ入りの軟膏を塗ると、はたしてレミンカイネンは息を吹き返し、母は愛するわが子を復活再生することができたと安堵する。

このレミンカイネンのエピソードはフィンランドの作曲家シベリウスも気に入っていたらしくて、「レミンカイネン組曲」という作品を残している。

岩波文庫に載っていた日本語訳の詩が美しくて、なんとか黄金バットでやれないかと思っていて、実現した。のはいいが、あれもこれもと盛り込んでいくうちに、話はかなり横道にそれて、というより話は大きく膨らんで、それでも美しい詩は合唱曲のなかに入っている。

いくつもの野心的?な企画が盛り込まれているのが今回の特徴。

1つは、ボリウッド踊り隊によるインド(ふう)の踊り。サナエちゃん率いる美魔女、美少女軍団のおかげで実現。この企画は、芝居の冒頭、インド方面から来たヘビ使い実は予言者が出てくるという設定だったので、メンバーのお父上のお葬式の帰りに精進落としでみんなで飲んでいるとき、だったらボリウッドダンスではじめたら、ということになった・・・。

小学生の女の子たちが朗読する谷川俊太郎の詩「生きる」。「生きること」「再生復活」がテーマのこの芝居で、「生きる」を朗読しようと思ったが、それをカッパにやらせよう、ちょうど新しいメンバーに小学生の娘2人がいる父母が加わったので、その子たちに読んでもらおう、となった。

シベリウスの「フィンランディア」の2部合唱。これはほんとは生でやりたかった。しかし、とてもムリとわかり、事前に録音しておくことに。わがぱちぱちの誇る音楽監督マリアンヌのおかげ。芝居の伴奏もマリアンヌで、しかもほとんどが生ピアノによる伴奏というのはスゴイ。

ナゾーとバットのパントマイム。今年春の周年イベントの黄金バットのときにやったパントマイムがおもしろくて(このときはシンクロナイズドスイミング)、今度は2人でやる組み体操。

最後は書き割りをどうしようかということになって、私があえて描いたのが、あまりにミスマッチな雪舟の「秋冬山水図」もどき。ホンモノの写真を見ながら下書きもせず一気に描いたが、まあ、それらしく・・・。
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こういういろいろメチャクチャな企画をテンコモリにするとどうなるか。
完成した芝居はどんな内容かというと、あらすじは───。

雪舟の『秋冬山水図』の前で、インドからやってきたボリウッド美女団がダンスを踊っている。やがてあらわれたインドのヘビ使い、というのは仮の姿、予言者マハラジャ・タイガージェットシンは、東海の果てにあるニッポンという国の物語を語りはじめる───。

ニッポンの科学者・篠原博士は、自らが発明したジェット光線の平和利用の研究をしていたが、その秘密をわがものにして世界の征服を企む大悪人ナゾーは、博士の娘マサエを誘拐。一方、正義の味方・黄金バットは、マサエを救うべく善福寺池のほとりにあるナゾーの秘密基地までやってきた。

ところが、待ち受けていたナゾーは、雪舟の絵の中から最強ロボット・怪タンク3号を登場させる。
しかし、怪タンク3号は、善福寺池に棲むカッパが読む谷川俊太郎の詩『生きる』を聞くうち、人間と同じ善の心にめざめ、自爆してしまう。

そこでマサエは、ロボットの復活再生のため、最高級の軟膏を地の果て、天の果てから求めてくるようにバットたちに頼む。
シベリウスの『フィンランディア』の荘厳な合唱が流れるなか、バットとナゾーは空へとめざす。
はたして、ロボットの心を復活させる妙薬は見つかるのだろうか───。

今回の黄金バット、作者が最初に描いたイメージを超えて、何倍もの魅力を持った作品に仕上がった。上演しているときは自分でも「この話、おもしろいのかな」と疑う気持ちも多少はあったが、あとでビデオをみたら、とてもすばらしく、いくつもの発見があった。

それはいったいなんなのか。
間違いなくいえるのは、芝居とは総合芸術であり、それが見事に結実したということだが、あの芝居のどこに総合芸術の結実があったのか───。
演劇の本質につながる発見があった気がして、書きたいことは山ほどあるのだが、別の機会にあらためて論じたい。