善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

リューイン『眼を開く』 水村美苗『本格小説』

海外に行くときは、なるべく文字がいっぱい入った、しかしコンパクトな本を持っていくことにしている。

何しろ今回のリビア行きにしても、成田-ドバイが約11時間、ドバイ-トリポリが6時間、片道だけで合計17時間を、あの狭いエコノミークラスの席の中ですごさなければいけない。その上、乗り換えの待ち時間もハンパじゃない。

そこで、いつも持っていくのはハヤカワ・ポケミス(ポケット・ミステリ)。2段組で文字がギッシリで、読んでおもしろい。そのくせコンパクトで、厚さの割には軽いから、荷物にならない。

今回は、図書館をぶらついたら誰も借りてなかったマイクル・Z・リューインの『眼を開く』を借りる。
そしてもう1冊、なぜかわが家にあった水村美苗の『本格小説』。ただし、こちらはハードカバーで、しかも上下で、重い。

まずは『眼を開く』から。リューインは超久々だ。パウダー警部ものもおもしろいが、今回は私立探偵のアルバート・サムスンもの。

あらすじは、私立探偵の免許を失効していたアルバート・サムスンに、遂に免許再発行の時が訪れた。意気揚々と仕事再開に燃えるサムスンだが、初っぱなに大手弁護士事務所から、友人のミラー警部の身辺調査の仕事が舞い込む。友人とはいえ、ミラーはサムスンが免許を失う原因をつくった張本人。複雑な思いで調査を開始したサムスンだったが……。

サムスンの「心優しさ」が随所に出ていて、読む方も優しくなる。
それにしてもアメリカ人ってこんなにジョーク好きなの? と思うほど、ジョークというかユーモアというか、いやみの連発。話のすじよりも、会話がおもしろい一冊。旅の時間潰しにはピッタリ。

続いては、あまり期待していなかった『本格小説』。これがすこぶるおもしろい。「そろそろ飛行機の中で寝ないといけないな」と思いつつ、ついついページを繰ってしまう。

どんな話かというと、アマゾンの宣伝文句によれば──。
ある夜、“水村美苗”は奇跡の物語を授かった。米国での少女時代に出逢った実在する男の、まるで小説のような人生の話。それが今からあなたの読む『本格小説』…。軽井沢に芽生え、階級と国境に一度は阻まれた「この世ではならぬ恋」がドラマチックに目を覚ます。脈々と流れる血族史が戦後日本の肖像を描く。「嵐が丘」を彷彿とさせる悲恋、戦後日本の肖像を描く血族史、物語ることへの斬新な挑戦。今、小説の真の魅力が見事に華ひらく。七年ぶりの大河長編。

何しろ表現のすばらしさである。ときとして陳腐な表現もあるが、多くが新鮮。それも女性ならではの感性がみなぎっていて、ああ、男には永遠にたどりつけないな、と思える表現に、ついついひきこまれる。
読むのが楽しい、という本に久々にであった。

ただし、読後感はといえば、どうも記憶に残らない、というか共感するものがない。
なぜなら、この小説の主題は実は「貧富」の問題である。もっといえば「身分格差」といったほうがいいかもしれない。しかし、「貧」の側であるはずの登場人物は終始「富」の側に寄り添ってばかりで、「貧富」の真実を語ろうとしない。それがものすごく残念で、さびしく本を閉じたのであった。