善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

仁左衛門の「盛綱陣屋」

きのうは新橋演舞場で「錦秋十月歌舞伎」を観る。演目は『近江源氏先陣館』「盛綱陣屋」、『神楽諷雲井曲毬』「どんつく」、『艶容女舞衣』「酒屋」。中でも「盛綱陣屋」で佐々木盛綱を演じた仁左衛門が傑出していた。

この話は、今から240年も前の江戸時代中期に大阪で初演された人形浄瑠璃を歌舞伎に移したもので、舞台は鎌倉時代末期の設定。当時、政権を掌握していたのは北条氏だが、跡継ぎ問題をめぐって京方の源頼家、鎌倉方の北条時政の二派に別れて戦う。だが、実は話は大阪冬の陣を題材にしていて、実在の真田信之と幸村兄弟を、鎌倉方の佐々木盛綱、京方の高綱兄弟に見立て、徳川方、豊臣方に分かれた兄弟の悲劇を綴るもの。当時は徳川家の話を舞台に乗せるのは許されなかった。大阪の人々は当然、豊臣方びいき。鎌倉時代の話に仮託して、真田兄弟の悲劇に涙を流したことだろう。

あらすじは、時政方である盛綱のもとに、京方の高綱の一子小四郎が捕えられ、さらには高綱自身が討死したとの知らせが届く。ところが盛綱が首実検をすると、首は高綱のものではなくニセ首だった。にもかかわらず小四郎は、父を追って切腹する。ニセ首を承知で死を選ぶ様子を見た盛綱は……、となるのだが、最初の見せ場は、盛綱が母の微妙に、捕らえられた小四郎を切腹させるよう頼む場面。このときの無言の仁左衛門の演技がいい。敵味方に分かれたものの、弟に情けをかける慈愛の表情。スッキリして品のある仁左衛門ならではの演技だ。

最大の見せ場が首実検のシーン。高綱の首が入った首桶を開けた盛綱。最初は顔を確かめないで、高綱と信じている感じで優しく首を懐紙で拭く。すると、首を見た高綱のセガレ小四郎がにわかに自分のおなかに九寸五分(短刀)を突きたて切腹してしまう。

それを見た盛綱、ハテという感じで首を改めると、ニセ首。ハッとした顔になるが、やがて笑いが込み上げてくる。向うを見ると切腹して苦しむ小四郎。実は小四郎は、ニセ首と知りつつ、敵の大将・時政を信じさせるために、自分の命を犠牲にして切腹したのだった。それを知った盛綱は憂いの表情を浮かべ、やがて決意の顔となり、「この首はたしかに弟高綱」と言い放つ。その間の無言の演技が、これまたすばらしい。

運のいいことに、たまたま前から3番目の真ん中あたりの席だった。だから仁左衛門の表情がくっきりはっきりわかる。至福の時間をすごすことができた。

小四郎役はテアトルアカデミー劇団コスモス)に所属する9歳の秋山悠介くんというタレントさん。テレビの「天装戦隊ゴセイジャー」などに出演する一方、日本舞踊とか三味線も上手で、歌舞伎にも子役としてたびたび出演しているらしい。昔は役者の子どもが子役をやっていたが、歌舞伎界も少子化で、外からタレントを呼ぶ時代になっているかもしれないが、この子役がなかなか上手で、涙なしでは見られなかったのである。