善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

松井今朝子 壺中の回廊

松井今朝子『壺中(こちゅう)の回廊』(集英社)を読む。

1930年(昭和5年)の東京が舞台。関東大震災の記憶も生々しい中、前年にはニューヨーク株式が大暴落して世界恐慌の波が押し寄せ、時代は戦争への道をつきすすもうとしているとき、歌舞伎の殿堂・木挽座に「掌中の珠を砕く」という脅迫状が届く。「掌中の珠」とは一体、誰のことなのか? 犯人の狙いは何なのか? 謎が謎を呼ぶなか、「忠臣蔵」の舞台中に歌舞伎界きっての人気役者が毒殺され、江戸狂言作者の末裔・桜木治郎が謎解きに挑む──。

直木賞をもらった『吉原手引草』よりおもしろく読めた。
タイトルにある「壺中」とは文字通り「壺の中」のことだが、「臆病者、小心者」の意味もあるという。
「壺中の天地」という言葉があり、これは中国の故事に由来していて、「俗世界とはかけ離れた別天地」のこと。一般世界からは隔絶したところにある歌舞伎界を指すのだろう。

読んでいて好感が持てたのは、現代からみた昭和の初期の物語でなく、いかにもあの時代に書いたような古ぶるしさがあること。昭和初期にワープしたような気分で読めた。

登場人物も、あの時代に活躍した実在の人物がモチーフになっているようで、主人公の桜木治郎は河竹黙阿弥の子孫という感じだし、歌舞伎界の古い体質に反旗をひるがえそうとする若手の役者、荻野勘右衛門は前進座の創設者・中村翫右衛門っぽい。となると、作中の勘右衛門の師匠・6代目荻野沢之丞のモデルも推測がつく。

実在の中村翫右衛門明治44年 (1911)、5代目中村歌右衛門の門弟となり、やがて名題に昇進するが、昭和4年 (1929)、旧態依然とした歌舞伎界を批判して歌舞伎座を脱退し、師匠からも破門をいいわたされ、仲間の役者らと独立劇団の前進座を設立する。

作中の6代目荻野沢之丞は当代きっての立女形。白粉の鉛毒のため足が不自由ながらも木挽座の主みたいな存在で、大日本俳優倶楽部の会長もつとめる。
実在の5代目中村歌右衛門もやはり立女形で、鉛毒に苦しめられていたのは同じだし、やっぱり大日本俳優協会の会長をつとめている。

物語の本スジは殺人事件の謎解きだが、貧富の格差が広がる一方で、人々の権利意識、労働者意識が高まる世相が話の背景にあり、徒弟制度でがんじがらめとなった歌舞伎界の刷新をめぐって物語が動いていく。

物語の最後の方で、旧守派の親玉のような存在なんだが、さすが一時代を築いた名優という感じの6代目荻野沢之丞の言葉がいい。
破門した愛弟子の勘右衛門が、「人間はなんとかみんなが助かる道を探さなきゃいけない」と、下積みの役者たちとともに新しい劇団を旗揚げしようとしていることについて、こうつぶやく。
「けどまあ、若い者(もん)は皆あいつのようでなくちゃいけないよ。若いうちから自分さえよけりゃいいなんて考えるやつは、ろくな死に方をしやしないさ。人間どんなに金や地位や名誉を手に入れたって、所詮いつかはみんな手放して必ずあの世へ逝くんだからねえ」

築地警察署の警部が出てくるが、はじめのワルそうな印象と違って実はけっこう人間味があって、特高(政治・思想弾圧専門の警察組織)に好感を持っていないところが気に入った。
何しろ『蟹工船』の作者・小林多喜二は、小説に描かれた昭和5年の3年後、築地署で特高の拷問によって虐殺されたのだから。