チリの赤ワイン「レゼルヴァ・デ・プエブロ(RESERVA DE PUEBLO)2016」
スペインの名門トーレスがチリで手がけるワイン。
チリの伝統品種パイス100%。しかし、もともとパイスは16世紀にスペイン人が持ち込んだブドウ品種で、チリのワインづくりの原点となったものだとか。
ワインの友で観たのはNHKBSで放送していたイギリス映画「クリスタル殺人事件」。
1980年の作品。原題は「The Mirror Crack'd」。
監督は007シリーズの監督で知られるガイ・ハミルトハン。
アガサ・クリスティが1962年に発表した名探偵ミス・マープル物の1つ、「鏡は横にひび割れて」(The Mirror Crack'd from Side to Side)が原作。
ハリウッドの大女優マリーナが、映画の撮影のためロンドン郊外の閑静な町を訪れる。町中をあげて歓迎パーティーが催されるが、その会場で1人の女性が変死をとげる。町に住む老婦人ミス・マープルが、鋭い洞察力で事件の裏に秘められた悲劇を解き明かしていく・・・。
主役はミス・マープル役のアンジェラ・ランズベリーだが、イギリスの田舎町にやってきたハリウッド・スターたちの顔ぶれがすごい。
悲劇の主人公となるハリウッドの大女優マリーナはエリザベス・テイラー。その夫で監督のジェイソンはロック・ハドソン、マリーナとは犬猿の仲のやはり大女優ローラはキム・ノヴァク、ローラの夫でプロデューサーのフェンはトニー・カーチス。
みんな往年の名優たちで、エリザベス・テイラー、ロック・ハドソン、キム・ノヴァクはともに、この作品がほぼ最後といっていい映画出演だった。
ほかにジェイソンに恋心を寄せるジェイソンの助手にジェラルディン・チャップリン(チャールズ・チャプリンの娘)。
かつてのハリウッドの名優たちが、イギリスの田舎町になぜか集合して一悶着起こすのが何となく楽しかった。
ただし、情けないのは邦題の「クリスタル殺人事件」。
原題は「The Mirror Crack'd」で、「なぬ?ミラー・クラックだと。これじゃ日本人にはわからん」と、クリスティにもひっかけて「クリスタル殺人事件」としたのかもしれないが、クリスタルとは水晶とか結晶の意味でまるで関係ない。
原題の「The Mirror Crack'd」は、原作であるアガサ・クリスティの小説「The Mirror Crack'd from Side to Side(鏡は横にひび割れて)」から取ったもので、作品の中ではこの「The Mirror Crack'd from Side to Side」が重要な意味を持っている。
どんなことかというと、大女優のマリーナが殺された被害者と話をしているとき、マリーナの凍りついたような表情が、まるで19世紀の詩人アルフレッド・テニスンの詩『シャーロット姫』の中の、鏡が横にひび割れたときのシャーロット姫とそっくりの表情をしていたというので、そこに不審を抱いたミス・マープルがナゾ解きをしていく。
「シャーロット姫」の詩の内容はというと、大意は次の通りだ。
シャーロット島の城に、外の世界を直接見たら死ぬという呪いをかけられた姫がただ独り住んでいて、姫は外の世界を鏡に映してしか見ることができなかった。
鏡に映るものを日がなタペストリーに織るだけの毎日を送る姫は、その鏡を通して、はるか彼方で恋人たちが連れ歩く姿を目にしたりすれば、絶望をいっそう深めるのだった。
ある日、シャーロット島の近くを円卓の騎士サー・ランスロットが通りかかる。
姫はその姿を鏡で見て、窓に走り寄って自分の目で見ようとするが、その途端、鏡は真横にひび割れてしまう。
姫は「ああ、呪いがくだったんだわ!」と叫んで、自分の死すべき運命を悟るも、さまよい出たまま小船に乗り、それでもサー・ランスロットを追っていく。
そして岸にたどりついたとき、姫はすでに息絶えていて、亡がらを目にしたサー・ランスロットはこうつぶやく。
「うるわしのシャーロット姫に、神の恵みと慈悲を」
この詩の背景には、19世紀のイギリスにおける道徳概念があり、禁を破って堕落した世界に飛び込んでしまってはいけないよ、女性は家の中にいてご主人のいう通りにしていればいいんだよ、というのがこの詩の教訓なのかもしれないが、それでも、たとえ呪いを受けてでも小船に乗って愛する人のあとを追わせたあたり、実はテニスンは、禁を破ってでも恋に生きようとしたっていいんだよ、と暗にいってるような感がしないでもない。
そんな原題の意味を知っていれば、また違った観点から映画が楽しめたかもしれない。
ほかにもうひとつ、マリーナが凍りついた表情になった理由の1つとして、彼女の視線の先の壁にかけられていたベッリーニの絵があげられていた。もちろん複製だが、聖母子の絵で、心穏やかな母がわが子を抱く姿が描かれていて、これもミス・マープルの推理をだいぶ刺激していた。
ただし、小説では「ジャコモ(=ヤコポ)・ベリーニの〈ほほえむマドンナ〉」となっているが、ベッリーニといえばヤコボの息子のジョヴァンニ・ベッリーニのほうが有名で、何枚もの聖母子を描いている。映画に登場してたのもジョヴァンニの聖母子だったという。