善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

日本人イヌイット 北極圏に生きる

月曜日朝の善福寺公園は晴れ。上空は晴れているが、東のほうは雲がかかっているので直射日光はなく、涼しい。
きょうのラジオ体操は子どもたちは少ない。宿題疲れだろうか。

世界陸上、ボルトの100m決勝が失格で終り、何気なくテレビのチャンネルをNHKに切り換えたら、NHKスペシャル『日本人イヌイット 北極圏に生きる』。グイグイ引き寄せられて、見入ってしまった。

氷の大地グリーンランド、北極点から1300Kmのところに、イヌイットの人々が暮らす地球で最も北の村、人口51人のシオラパルクがある。
なんと南極の昭和基地より高緯度にあるんだそうで、しかもなんとそこには日本人の一族が住んでいる。

エスキモーになった日本人』の著書でもで知られる大島育雄さん、62歳。眉毛の太い、いつもニコニコしているおじさんだ。だが、このおじさんはスゴイ人で、出身は東京。1972年(昭和47年)、日大山岳部OBとして、極地の高峰に遠征する準備のために村を訪れた。
同じころ、冒険家の故・植村直己さんもそこに滞在していたが、大島さんは冒険よりも極地での生活に強くひかれ、2年後、村の女性と結婚。それから40年近く。1男4女をもうけ、今では5人の孫がいる。長男が、最後の猟師といわれる大島ヒロシさん。32歳。ヒロシさんは日本語はしゃべらず、もう完全に極北の民。

アザラシやセイウチなど、狩りで生きるシオラパルクの暮らし。しかし、近年の地球温暖化と動物保護政策によって、イヌイットの暮らしは岐路に立っているという。

そんな中、ヒロシさんの息子、イサム君(8歳)はイヌイットとしてそろそろ猟に出る年ごろになった。
NHKの取材班はそこで大島さんに小型のビデオカメラを託し、自分たちで撮影するように頼んで帰ってしまう。しかし、ヒロシさんと奥さんが、自分たちの家族を撮影したその映像が感動的だ。

夏休み、ヒロシさんは息子のイサム君を狩りに連れて行く。
はじめはウミガラスの仲間でアッパリスという鳥の捕まえ方を教える。アッパリスは初夏になると無数の大群となって山の斜面を低く飛び交う。その習性を利用して、斜面に隠れていて長い竿の先につけた網で1羽ずつ捕る。

何度もチャレンジしてアッパリスを捕まえようとするイサム君。ようやく捕まえると、「心臓をつぶせ」と父が教える。
なかなかうまくいかない。「まだ死なない、死なないよ」とイサム君は困った顔で訴える。捕らえられたアッパリスは悲しげな目でイサム君を見つめる。
父親が寄ってきて、心臓のつぶし方を見せてくれる。ようやくコツをつかんだイサム君は次々とアッパリスを捕まえるようになる。
何しろアッパリスは主食だ。それなしに生きていくことはできない。自分たちが生きるため、鳥を殺すのだ。

ヒロシさんたちはひと夏かけて数百羽を集め、アザラシの毛皮袋に詰めて保存食を作る。強烈な発酵臭(クサヤのようだとか)を持つ「キビヤ」とかいう保存食で、イヌイットたちにとってはご馳走なんだとか。

一角クジラを捕らえたシーンがあった。捕らえたらすぐに解体する。皮をきれいに剥いでいって、丈夫なロープになる。


ある日のこと、祖父と父親とイサム君の男3人で北のフィヨルドまで遠征して、トナカイやジャコウウシを狩りに行く。このあたりからはNHKの取材班がふたたびやってきてプロによる撮影。

身を潜めて、トナカイに近づき、ライフル銃で射殺する。パーンという音して、トナカイがドウと倒れる。
獲物はその場で解体する。断崖絶壁での猟だ。獲物を岸につないである船まで運ぶのがまた一苦労。腱を取り出して、それを紐がわりにして頭にかけ、肉を担いで持っていく。

最近のNHKのドキュメンタリーにもありがちな「再現映像」はない。

口の周りを赤くしながら、生肉を「おいしい、おいしい」と大喜びで食べる幼い子どもたち。

ここには本当の人間の暮しがあると思った。