善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

『偽りの楽園』とトロール

トム・ロブ・スミス『偽りの楽園』(田口俊樹訳、新潮文庫・上下)
チャイルド44』でデビューした作家の最新作。

なお以下はネタバレになるやもしれないので本書を未読の方はご用心。

あらすじは、両親はスウェーデンで幸せな老後を送っていると思っていたダニエルに、父から電話が入る。「お母さんは病気だ。精神病院に入院したが脱走した」。その直後、今度は母からの電話。「私は狂ってなんかいない。お父さんは悪事に手を染めているの。警察に連絡しないと」。両親のどちらを信じればいいのか途方に暮れるダニエル。そんな彼の前に、やがて様々な秘密、犯罪、陰謀が明らかに──、という話。

この小説にたびたび出てくるのが「トロール」だ。

トロールとは、北欧を中心に語られる妖精のことだが、実はこの11月3日から近所の善福寺公園を舞台に始まるのが森の中の野外アート展「トロールの森1015」。善福寺公園に棲む妖精トロールは、どちらかというとやさしくてかわいいイメージがある。

しかし、北欧のトロールはかなり陰険で悪人っぽいらしい。
当初は悪意に満ちた毛むくじゃらの巨人として描かれ、やがて小人になったという。
トロールスウェーデン語では「魅惑する」という意味だそうだが、盗み癖のあるいたずらっ子で、物だけでなく女性や子どもまでも盗んでしまうという。

本書の物語の最後に「トロール姫」というスウェーデンの民話が出てくる。

森の中に逃げた美しいお姫さまが、キノコから魔法の胞子を吹きかけられて醜いトロールに変身してしまう話。最後は、お姫さまは再び変身して、元の、どころか以前よりさらに美しい女性になり、ハンサムな王子さまと結婚して王国はますます栄えましたとさ、という結末だが、実はこの民話にはものすごいエピソードが挟み込まれてあり、それは父親である国王が娘(お姫さま)の美しさに惑わされ、自分の妻にしようと邪悪な心を持つというのである。
それで娘であるお姫さまは、王さまの手から逃れて森にさまよい、トロールに変身するのだが、どうもアメリカ・ヨーロッパにはこの手の近親相姦の話が多い気がする。

古代においては、親子兄弟姉妹の近親婚はけっこう当たり前お行われていたともいわれる。ギリシャ悲劇に出てくるオイディプス王の物語は、父を殺して母と交わり、妻にするという話だった。古代エジプトのラムセス2世は、3人の娘を自分の妻にしたとか。

そういえば今年7月に行ったアゼルバイジャンのバクーで「乙女の塔」というのに行ったが、その昔、父親の王さまから関係を迫られた娘の王女がここからカスピ海に身を投げたという伝説が残っていて、それで乙女の塔と呼ばれるようになったといわれる。

日本でも戦前までは近親婚がよくみられたという。『源氏物語』では、光源氏女三宮(おじと姪)など、近親婚が当たり前のように描かれている。
近親の概念が今と昔とではかなり違っているのだろうか。
根底には、当時は男が優先される社会で、女は男の所有物という考え方があるのだろうが、では果たして今は?