善福寺公園めぐり

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橋下市長の文楽軽視、我慢ならん

毎日新聞の近来にないすばらしい記事を読む。
新聞はそうあらねばならない。戸田栄記者の告発報道を全面的に支持する。
文楽よりカジノが好きな橋下市長、大阪人は恥ずかしくないのだろうか?

特集ワイド:橋下市長の補助金削減 文楽軽視、我慢ならん
毎日新聞 2012年06月01日 東京夕刊

◇日本人が大事にしてきた義理人情の世界を伝えていくのが使命と思うてます。

「300年の伝統に恥じぬようにと精進してきた文楽が、あまりに軽く見られておるんです」。人間国宝竹本住大夫さん(87)が憤る。その相手方は橋下徹大阪市長大阪府知事時代に文楽への補助金を半減させ、今、さらに大阪市からの補助金の削減方針を打ち出した。並み居る古典芸能の人間国宝をはじめ、全国の文化人の間に反発が広がっている。【戸田栄】

5月の東京・国立劇場での公演の幕あい。多忙を極める竹本さんだが、今回ばかりはと楽屋で取材に応じ、橋下市長を批判した。「文楽は、知事時代にいっぺん見に来はっただけです。その時は、こんなんに3時間も4時間も座ってんのはつらいと切り捨てはった。『2度目は行かない』とも言わはった。芸術や文化に対する理解がなさすぎる」

文楽に対して、橋下市長は容赦ない。
文楽は江戸時代に大阪で生まれた人形芝居で、国の重要無形文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産となっている。近松門左衛門の「曽根崎心中」「心中天網島」も生まれた。だが、橋下氏は、大阪府補助金3631万円(知事就任前の07年度)の約43%を削減。大阪市長に転身し、今度は市補助金5200万円(11年度)の25%を削減する方針だ。

昨年12月の就任会見で文化活動への補助金の見直しについて問われ、橋下市長は「文楽は伝統文化として大切にしないといけない。ただ、落語とか歌舞伎には税金が入っていない」と意味ありげに話した。これについて「文楽をおとしめる発言としか思えない」と文化芸能評論家の木津川計・元立命館大教授は怒る。

そもそも「一人芸の落語に対し、文楽は集団芸能で収益性が異なる」と木津川氏は指摘する。文楽の舞台は、物語を語り聞かせる大夫(たゆう)と三味線奏者、人形遣いが共同で構成する。人形は1体を3人で操り、複数の人形が登場すればそれだけの人数が必要となる。舞台作りなどのスタッフも当然必要だ。

同じ集団芸能の歌舞伎との違いについても「人間が演じる歌舞伎の方が現代人には分かりやすく、スターも生まれ、人気を集めやすい。文楽は不利だが、だからといって価値が劣ることにはならない。またそれぞれの芸能には時代ごとの人気の浮沈がある」。こういう基本的な事項について、橋下市長は府知事時代に学習済みのはず。それなのに、である。

木津川氏は先月、自ら発行する季刊誌「上方芸能」で「文楽を守れ!」を特集。文楽の将来を案じる学者、作家、俳優ら132人の声を掲載した。また歌舞伎の坂田藤十郎さんら人間国宝12人が抗議声明に加わった。日本文化に深い愛着を抱き、東日本大震災による被災に心を痛めて日本国籍まで取得したドナルド・キーン米コロンビア大名誉教授は「文楽は世界一の人形芝居です。特に大阪では誇りとすべきで、公的な支援は当然。そんなことも分からない政治家を、未来の人は決して許さないでしょう」と厳しい声で非難する。

作家の有栖川有栖さんは、橋下市長の文化への向き合い方に疑問を呈する。「助力を必要とする文化と、そうでないものがあるのは今さら言うまでもない。それでも、みんなで改めて考えようというならまだ分かる。しかし、実際は自分の考えを押し通そうとしているだけだ」と語る。

文楽ファンでつくる「文楽応援団」団長で、大阪市で喫茶店を営む安藤ひろ子さん(59)は胸を痛める。「一度見てみれば、文楽を好きになる人も多いはず。大阪市にはしっかり文楽を応援してほしい。苦しい状況ですが、歴史ある文楽の強さを信じています」と話す。
批判の高まりを感じ取ったのか、橋下市長は今年1月、「文楽は守るが、文楽協会は守らない」と発言。これもまた波紋を呼んだ。文楽の興行は明治時代後期から松竹が担ったが、経営悪化で手放し、1963年に国、大阪府市の助成を受けて芸人が所属する財団法人「文楽協会」が設立された。つまり、文楽と協会が一体になって現在の公演がある。竹本さんは「協会の存在は、文楽の生死に関わることなんですがね」と発言の真意をいぶかる。

文楽協会の11年度の財政規模は、総額約7億6800万円。うち約5億8300万円の公演収入は、計82人の人形遣い、大夫、三味線奏者の出演料と舞台費用に充てられる。大阪府市や国などからの補助金約1億8000万円は、協会職員12人の人件費約7300万円と維持経費などのほか、約5000万円を芸人の養成費に回している。府の補助金削減には主に役職者の人件費削減で対応したが、竹本さんは「今回は若手育成にも影響が出てきます。不況で地方公演も減っており、まったく頭が痛い」と嘆く。

竹本さんは「この世界は金やない。若いうちは苦労せえ」と入門者に教えているという。しかし「それだけでは後に続く人が出てこられません。決してぜいたくはしてしませんのやで」。最も若い弟子は、親の仕送りを受け、3万5000円のアパートに住む。「『食べる分は、なんとしても自分でやっていき』と指導しています。しかし、せめてもの援助が減ったら……」

世界無形文化遺産ともされながら、補助金削減に動揺せざるを得ない現状にじくじたる思いもある。「文楽の先輩方に面目ない。もっとお客さんを呼べるように努力します。でも、現状は支援に頼らんわけにはいかんのですわ」

古典芸能となると難しい感じがし、劇場へ足を運んだことのない人も多いだろう。文楽の魅力はどこにあるのか。

「そうですなあ、文楽は義理人情の世界です。芸術文化というだけやなしに、お客様に情を伝えていくのが使命と思うてます。面白いもんやと笑ってくらはる、悲しいもんやと泣いてくらはる、これすなわち情です。そういう日本人が大事にしてきたもんを伝えなければと思っているんです」

竹本さんの語る文楽の魅力は文化の力に転じる。政治とは切れたところで、人間社会の救いとなってきたに違いない。「人情の街」という大阪の代名詞も、上方文化があってのことだろう。橋下市長は“政治決断”という勇ましい言葉を振り回し、府知事時代に大阪(現・日本)センチュリー交響楽団への補助金を全廃するなど、文化助成に大なたを振るってきた。逆に、大阪にカジノをつくる構想にはこだわり続けている。その末に、大阪はどんな姿になるのだろうか。