善福寺公園めぐり

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アカンベ考

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きのう、ニュージーランドの先住民マオリ族の「アカンベ」のことを書いたが、気になっていろいろ調べてみた。

舌は、関東では「した」というより「べろ」というほうが多い気がする。そこで思い出すのが斎藤隆介作・滝平二郎絵の「ベロ出しチョンマ」の絵本。「佐倉義民伝」の佐倉宗吾(本名・木内宗吾、木内惣五郎とも)が、過酷な年貢に苦しむ農民を救おうと4代将軍家綱に直訴した話をもとにした物語。こんな話だ。

冬になると霜焼けで苦しむ妹の包帯を替えてあげるとき、兄の長松は妹が泣き出さないように、眉毛をハの字型にして、舌をベロっと出して笑わせていた。ところが、名主である父親が年貢に苦しむ農民を救おうと将軍家に直訴したため、長松と妹も一緒に磔(はりつけ)にされる。自らも磔になりながら、妹を笑わせるためにいつもの変な顔をする長松。二人はそのまま槍で突かれて死ぬが、妹を思う長松のことを哀れに思った村人たちは「ベロ出しチョンマ」の人形を作り、供養するのだった。
ここでは「舌出し(ベロ出し)」は妹を笑わせるための愛嬌たっぷりで滑稽なポーズとして描かれている。

歌舞伎にも「舌出し三番叟(しただしさんばそう)」という演目があって、三津五郎お家芸。めでたさを祝う三番叟だけに、このときも「舌出し」はおちゃめさを出すために行われている。

物理学者のアインシュタインの有名な写真がある。ベーッと舌を出しているところを撮った写真だ。この写真はアインシュタイン72歳の誕生日に撮られたもので、友人夫婦と歩いているときにカメラマンに追われ、何枚か撮影に応じたあとは「もういいだろう」とポーズすることを拒否し、車に乗り込んだとき、カメラマンの執拗なリクエストにベーッとやったらしい。これこそ「アカンベー」のポーズだが、さすがは偉大な学者、あとで本人も気に入って、知人に送るカードなどに貼ったとか。

元巨人のピッチャー・ガルベスは、ボールを投げる瞬間、舌をベーッと出していたが、元祖はバスケットの神様マイケル・ジョーダンのようだ。
筋肉を動かすとき、歯を食いしばって力むと筋肉が硬直して、かえってスピードが落ちるという。舌を出すと力みがなくなり、筋肉はリラックスしてスムーズに動かせるのだそうだ。
北京オリンピックの陸上男子100mでウサイン・ボルトが9・69秒を出したときも、歯を食いしばるのではなく、ゴールのとき舌を出していた。

ニュージーランドの先住民マオリ族の舌出しは、威嚇するときのポーズであるとともに、親愛の情を込めたあいさつのポーズでもあるようだ。
マオリ族の男たちが踊る「ハカ」は、戦いの前に気合を入れるための踊りだが、踊りながらクワッと目をむいて、ベーッと舌を出すのは、相手を威嚇する意味が込められている。

一方、舌を出すのは歓迎を意味する場合もあり、このときは舌の出し方が違うという。
「舌を前に突き出すように出すのは威嚇の意味で、舌を下方向にベローッと出すときは歓迎のしるし」なんだそうだ。
マオリ族の彫刻にも舌を出すポーズがあるが、「舌を長く伸ばしているのは威嚇のしるし、舌を少しだけ出しているのは歓迎のしるし」との説もある。

思うに、威嚇のポーズも歓迎のポーズも、もとは同じ意味で使われていたのだろう。言葉もわからないような初対面の人に対して、警戒の気持ちを持つのはやむを得ないこと。このとき、舌は自分の思いを伝える“言葉”の役割を果たしていて、舌の出し方で自分の意思伝えようとしていたのではないか。

驚いたことに、チベットでは舌を出すことは歓迎の意味であり、あいさつするときは舌をベロッと出すのだという。
ブラッド・ピット主演の映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」で、初めてみる外国人を迎えるシーンがある。村人全員が集まると、全員が舌を出す。何の意味か分からないまま、主人公も舌を出す。笑顔が広がり、緊張感が一気にほどける。そんなシーンがあった。

なぜチベットではあいさつで舌を出すのか。
大昔、悪魔が人間界に降りてきて、人や家畜をさらって人々を困らせた。この悪魔には角があり、舌が黒かった。それでチベット人が互いに挨拶をするときは、自分が悪魔でない証として、帽子をとって角がないことを示し、舌を出して舌が黒くないことを示すようになった。それで今でもチベットでは舌を出すのがあいさつとなっている。

中国医学の診断法の1つに「舌診」というのがあり、患者に舌をベーッと出させ、舌の色、形、潤い、また舌苔の色と厚さをみることで診断する方法だが、どことなくこれと似ている。

一方、威嚇のための舌出しは、アカンベー以外でも日本にある。

藤ノ木古墳は奈良・法隆寺の西約300mにある6世紀ごろの円墳で、象や鳳凰(ほうおう)など大陸的な意匠の透かし彫りを持つ金銅製馬具が見つかり、石棺内からは金銅製の冠や刀剣類などとともに、若い男性2人の遺骨が出土し話題となったが、馬具には、舌を出した鬼や獅子が描かれていた。

「舌出し獅子」は1カ所、「舌出し鬼面」は2カ所にあり、カッと目を見開き、舌を出している姿が描かれている。この文様からみると、この馬具は中国の北魏(4~5世紀ごろ)の影響を受けているのではないか、ということである。明らかに威嚇のポーズである。
アカンベーは中国からも伝わっていたのだろうか。

冒頭の写真は、ニュージーランドだったかオーストラリアだったかで買い求めた舌出しのお面