善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

幸せな床屋

行きつけの床屋が住宅街の中の小さな店通りにある。
行きつけといっても日ごろの無精のせいで2~3カ月に1回ぐらいなのだが、かれこれ10数年もその床屋にしか行ってない。主人は70歳をとっくにすぎたオバチャン(みんなは親しみを込めてそう呼んでいる)。1つしかない散髪台(ほかにも2台あるが使っていない)に座ると、「はい、いつもの髪形ですね」といってくれるのが、無精者にはうれしい。

昔は旦那さんが親方をしていたが、心臓を患って亡くなり、以後は一人で店を切り盛りしている。
床屋の前の通りも、元はにぎやかな商店街であり、向いには銭湯、並びにはラーメン屋、布団屋、駄菓子屋、美容院、クリーニング店、ヤキトリ屋、肉屋、魚屋、酒屋、喫茶店などがあったが、すぐ近くにスーパーができ(そのスーパーも数年前に閉店したが)、今はラーメン屋、肉屋から変わった居酒屋、魚屋から変わった日本料理店、それにクリーニング店、美容院、そして床屋が残るのみだ。何年か前、児童公園の向いに喫茶店がオープンしたが、何10年ぶりかの新規参入らしい。

で、床屋の話だ。仕事の合間の午後、故障中の自動ドアを手動で開け、いつものように台に座ると、よもやま話をしながらオバチャンは巧みにクシとハサミを動かす。
いつもBGMを流してくれるのだが、この日はハモニカによる歌謡曲集で、「有楽町で逢いましょう」などの曲がホンワカと流れる。頭を洗う段になって、オバチャンがシャンプーをかけてゴシゴシやっているうち、私はいつの間にか眠りについたようだ。
気がつくとオバチャンはイスに座ってニコニコしていて、BGMも別のクラシックに変わっていた。
寝入ってしまった私を気づかって、オバチャンは起きるのを待っていてくれたのだ。

「いやー、うっかり寝ちゃって、すみませんねー。別に寝不足ってわけじゃないんだけど。よっぽど気持ちよかったんだね」というと、オバチャンは自分の指を見せていう。
「指が短いからね、それで頭を揉んだもんだから、眠くなっちゃったのかしら」
なるほど、長い指だとむしろ人の頭は揉みにくいのかもしれない。いかにも日本人らしい指の短さが、むしろ癒しの効果を生んだのだろうか。
床屋で無防備に寝入ってしまう幸せを感じたひとときであった。