善福寺公園めぐり

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新しい歌舞伎の世界を開く「マハーバーラタ戦記」

歌舞伎座で1日から始まった「芸術祭十月大歌舞伎」、昼の部の「マハーバーラタ戦記 序幕・神々の場所より大詰・戦場まで」を観る。
出演は菊之助時蔵七之助、松也、菊五郎ほか。
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劇場内に貼ってあったポスター。主人公の迦楼奈に扮する菊之助。インドのガンジス川で撮影したという。
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これまでも新作歌舞伎はいくつもみたが、今までの歌舞伎とはまるで違う斬新な舞台だった。
他の芸術分野との融合が歌舞伎の新しい世界を開いたといえる。

歌舞伎史上初のインド叙事詩をもとにした新作歌舞伎だが、その元となったのは静岡県舞台芸術センター(SPAC)が世界的な演劇祭、アヴィニョン・フェスティバルで上演した「マハーバーラタ ナラ王の冒険」。2014年9月、その凱旋公演を横浜で見た菊之助が歌舞伎での上演を思い立ってSPACに協力を依頼し、今回の公演が実現したという。
菊之助が企画、構想、脚本製作、振付そして主演をつとめ、劇作家の青木豪が脚本を担当。SPAC芸術監督の宮城聰が演出を手がけている。

どんな話かというと──。
争いを繰り返す人間たちを憂う神々によって人間界に生を受けた迦楼奈(かるな・菊之助)と阿龍樹雷(あるじゅら・松也)、そして鶴妖朶王女(づるようだ・七之助)を巡るドラマ。
太陽神(左団次)は人間界を救うため象の国の汲手姫(くんてぃ・時蔵、若いときは梅枝)に迦楼奈を授ける。一方、太陽神と対立する帝釈天鴈治郎)は同じく汲手姫に阿龍樹雷を授ける。
太陽神は争いをやめさせるには「慈愛こそ一番」と説き、帝釈天は「いんや、力である」と力説する。そこで太陽神は迦楼奈に「力によって世の中を統治してはならぬ。力によらず阿龍樹雷(つまりは武力)をしのげ」と諭す。

結末を言ってしまうが、慈愛の力で武力をやっつけようとした迦楼奈だったが、実際には難しく、やむなく自分の武力で相手をねじ伏せるしかなくなる。しかし、「それでは本当の平和は来ない」と悟った迦楼奈は最後にどうしたかというと、自分の刀で自分を刺して、自刃してしまうのであった。
つまり、迦楼奈という「武器」を自ら封印することで平和を求めたのであった。

核戦争を未然に防ぐには核を持っている者がまず自分から進んで核を捨て去れ、といっているようで(まさに今年の国連総会で採択された、すべての核を禁止する核兵器禁止条約と同じだ)、爽快な結末だった。

今回の舞台、特に空間構成や大道具、音楽が実に斬新的で、見ていてワクワクした。
舞台上には絵巻物に見立てた巨大な屏風絵があしらわれ、それによって場面展開していく。
空間構成を担当したのは建築家の木津潤平で、SPACの「マハーバーラタ」でも空間構成を担当したという。屏風絵を描いたのは深沢襟という舞台美術家で武蔵美出身。照明(沢田祐二)も印象的だった。

衣装はSPACの「アンティゴネ」などを手掛けた高橋佳代が担当。神々はキンキラキンのきらびやかな衣装で登場し、その一方でお姫様は歌舞伎のお姫様の衣装のまま。インド風というか無国籍風衣装と歌舞伎の衣装が不思議と融合していて、違和感はなかった。

音楽もすばらしかった。
音楽を担当したのは同じくSPACの棚川寛子で、40曲以上の曲を書き下ろしたというが、長唄、鳴物、竹本に、木琴や鉄琴、アフリカ系の打楽器など和楽器ではないパーカッションが加わって、演劇的効果を高めていた。
最後の方では竹本の義太夫もいつもの義太夫ではなく、仏教の声明のような不思議な節回しの語りが、これも見事だった。

菊之助が見得を切るところが凛としていてカッコイイ。
七之助は、前回見た「野田版 桜の森の満開の下」同様、どこか妖艶な雰囲気があって、そこが魅力でもある。

いつもの歌舞伎公演なら幕が下りてそれでオシマイだったが、今回は幕が下りても拍手が鳴りやまず、カーテンコールまであった。

これからの歌舞伎がますます楽しくなる、そんな予感のする舞台だった。