善福寺公園めぐり

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日常の中にこそある“感動”という宝物 映画「パターソン」

東京・銀座エルメスビル10階にある40席のプライベートシネマ「ル・ステュディオ」でアメリカ映画「パターソン」を観る。

2016年の作品。

原題「PATERSON」

監督・脚本ジム・ジャームッシュ、出演アダム・ドライバー、ゴルシフテ・テァラハニ、バリー・ジャバカ・ヘンリー、永瀬正敏ほか。

日々の出来事を詩にして秘密のノートに書きとめることを楽しみとするバス運転手の何気ない1週間の日常を描いた作品。

 

ニュージャージー州の人口15万人ほどの小都市パターソン。そこに、同市で生まれ、名前をパターソンという男(アダム・ドライバー)が住んでいる。彼は市内を走る路線バスの運転手であり、詩人でもあった。

彼は妻のローラ(ゴルシフテ・テァラハニ)と2人暮らしで、毎日同じ習慣を繰り返している。

朝は6時10分すぎに目覚ましなしで起き出し、枕元に畳んで置いていた服を着て朝食のシリアルを食べ、妻が作ってくれたサンドイッチの弁当を下げて歩いて会社に向かう。

仕事が始まる前、思いついた詩の一節を秘密のノートに書き留め、仕事中は乗ってくる乗客たちの会話に耳を傾け、昼食のときもベンチに座ってあたりの風景を眺めながら詩を書く。

夕方、家に帰ると飼い犬でイングリッシュ・ブルドックのマーヴィンを散歩させるため出かけ、途中、行きつけの黒人ばかりのバーでビールをジョッキでゆっくりと1杯だけ飲む。

妻のローラはというと、創作意欲が旺盛で、窓のカーテンを自分でデザインして手作りしたり、壁を塗りかえたり、カントリー歌手をめざしてギターを買って歌の練習を始めたり、さらには土曜日に手作りのカップケーキをマーケットで売るというので準備に余念がないと活動的だが、パターソンはあまり感情を表にあらわすこともなく、日常の些細な出来事をただ見つめている。

日々の何気ない出来事。それは彼にとっての至福のときであり、感動の源泉なのだ。

ふと手にしたオハイオ印のブルーチップのマッチ箱に感動し、メガホン形に広がる文字のデザインがすばらしい、と彼はそのマッチのことを詩にしている。

会社からの帰り道で出会った少女がつくった詩を聞いて感動し、散歩の途中、コインランドリーから聞こえるラップの歌詞にも感動する。

映画を観終わって、大したこともないような日々の営みがとても愛おしく、宝物のように思えてきた。

その、何ごともない日常の中から宝物を見つける喜びがあるからこそ、詩が生まれるのではないだろうか。

映画のおわりのほうで、パターソンがベンチに座っていると、日本人の詩人で旅行者(永瀬正敏)がたまたま通りかかり、パターソンに話しかけるシーンがある。

なぜ日本人旅行者はパターソンにやってきたかというと、アメリカの詩人にウィリアム・カーロス・ウィリアムズという人がいて、イギリスのT・S・エリオットに比肩するほどの20世紀アメリカを代表する詩人だそうだが、彼が書いた有名な詩に「パターソン」と題する作品がある。日本人旅行者はその詩を読んでパターソンにやってきたのだった(ジャームッシュ監督も「パターソン」の詩をヒントに本作をつくったらしいが)。

そこで日本人旅行者が持ってきた「パターソン」の翻訳本を手にしてつぶやいた言葉が気になった。

「翻訳なんて、レインコートを着てシャワーを浴びるようなものですよ」

なかなか含蓄のあるセリフだが、そんなことをいわれたら字幕に助けられて映画を見ている者はどうしたらいいのか。

たしかに英語の詩は韻を踏んだりしているから、本当は翻訳では作者のいいたいことは伝わらないだろうし、詩ではなくても、逆に日本の俳句を英語に翻訳したら、五七五の俳句ではなくなってしまうだろう。

しかし、観ていて、「翻訳」を別の言葉に置き換えてもいいのではないかとも思った。

「平凡な日常をつまらないと思う気持ち」、それもまた、「レインコートを着てシャワーを浴びるようなもの」なのではないだろうか。

 

ジャームッシュ監督の作品はこれまでテレビで放映されたのを何本か観たが、劇場(といってもミニシアターだが)で観たのは初めて。今まで観た中ではいちばん好きな作品といえるかもしれない。

彼は日本の小津安二郎監督に傾倒していて、初期の作品は小津の影響が随所に出ていたが、本作では何気ない日常を描くという点では共通しているものの、彼自身の作風を楽しむことができた。

出演者が人種的に多様なのも本作の特徴かもしれない。

主人公が毎日通うバーは、バーテンダーも客もみんな黒人ばかりだし、妻役をしたゴルシフテ・テァラハニはテヘラン出身のイラン人。永瀬正敏はアジア人である日本人。そこに監督の何らかの意図を感じないでもないが、永瀬は23歳のときの1989年にジャームッシュ監督の「ミステリー・トレイン」に出演していて(その当時まだ17歳だった工藤夕貴と共演)、23年ぶりにふたたびジャームッシュ監督に呼ばれて出演している。

名演技として記憶に残るのはイングリッシュ・ブルドッグ。名前をネリーといって、元救助犬のメス。2016年のカンヌ映画祭で本作が上映され、ネリーは優秀な演技を披露したイヌに贈られる賞パルム・ドック賞を受賞したが、残念なことにネリーは受賞前に亡くなっていた。