善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

きのうのワイン+映画「パーフェクト・ケア」「ロゼッタ」ほか

イタリア・トスカーナの赤ワイン「アケーロ(ACHELO)2020」

イタリア・トスカーナ州のモンテプルチャーノの近く、中世の町並みが残るコルトーナで、古代ローマ時代からワインづくりの歴史を持つラ・ブラチェスカのワイン。

シラー100%。

「アケーロ」とは、女性とワインを愛した神話の中の神さまの名前に由来するという。

 

ワインの友で観たのは、民放のBSで放送していたアメリカ映画「パーフェクト・ケア」。

2020年の作品。

原題「I CARE A LOT」

監督J・ブレイクソン、出演ロザムンド・パイクピーター・ディンクレイジ、エイザ・ゴンゴサレスほか。

 

法定後見人のマーラ(ロザムンド・パイク)の仕事は、判断力の衰えた高齢者を守り、ケアすること。多くの顧客を抱え、裁判所からの信頼も厚いマーラだが、実は裏で医師や介護施設と結託し、公的福祉の制度を巧妙に利用して高齢者たちから資産を搾り取るという、悪徳後見人だった。

パートナーのフラン(エイザ・ゴンゴサレス)とともに順調にビジネスを進めるマーラだったが、新たに資産家の老女ジェニファーに狙いを定めたことから、歯車が狂い始める。身寄りのない孤独な老人だと思われたジェニファーの背後には、なぜかロシアンマフィアの存在があり、マーラは窮地に立たされるが・・・。

 

原題の「I CARE A LOT」原題がいかにも詐欺っぽい。

「たくさんの人をケアしている」という意味だろうか。たしかに、質より量で多くの高齢者から金を搾り取っているのが彼女だから、いい得て妙の題名だ。

その意味では「パーフェクト・ケア」という邦題も「完璧なるケア」というのがいかにも空虚に聞こえて、皮肉が効いている。

アメリカも日本も同じことだが、福祉が金儲けになる現代資本主義の現実をあざ笑うような映画だった。

本作では、福祉を食い物にする悪徳後見人が、やがてロシアンマフィアと結託して後見人ビジネスを全国展開して莫大な利益を上げるようになり、「ビジネスでがんばってる女性CEOの理想形」としてマスコミにもてはやされる様子が描かれていて、それがこの映画がいいたかった一番の「皮肉」といえるかもしれない。

その“期待”に応えて、ロザムンド・パイクの怪演ぶりが光る映画だった。

 

ついでにその前に観た映画。

民放のBSで放送していたベルギー・フランス合作の映画「ロゼッタ」。

1999年の作品。

監督・脚本・製作リュック=ピエール・ダルデンヌジャン=ピエール・ダルデンヌ、出演エミリー・ドゥケンヌ、ファブリッツィオ・ロンギーヌほか。

 

「パーフェクト・ケア」とは一転、公的福祉を拒否して一人生き抜こうとする少女の物語。

ベルギーの映画作家リュック&ジャン=ピエール・ダルデンヌ兄弟が、どん底の生活から抜け出そうともがく少女の日常を手持ちカメラによるリアルな映像で描いた作品。

カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールと主演女優賞を受賞したというが、観終わって、複雑な思いになる映画だった。

 

ロゼッタ役のミリー・ドゥケンヌはこの映画のとき18歳。だからロゼッタも18歳か17歳か、そのぐらいの年齢なのだろう。

彼女はアルコール依存症の母親とキャンプ場のトレーラーハウスで暮らしている。ロゼッタが働いて得た給料と、母親が縫製した古着を売った金で日々をすごしているのだが、どうしても酒がやめられない母は、ロゼッタに隠れて男に体を売っては酒をもらったりしていて真面目に働こうとしない。だから2人が生きていくにはロゼッタが働くしかない。

ところがロゼッタは突然職場を解雇されてしまう。このため、彼女の必死の職探しの日々が始まる。

街を歩いて、脈のありそうなところを訪ねては仕事はないかと聞くのだが、次々と断られる。それでもめげずに仕事を探す。

見ていて、どうして職安に行くとか、公的機関に救済を求めて生活保護を申請するなりしないのかと思うが、作者は、ロゼッタをそうした公的支援を受けずに自力で道を切り開くように仕向けているようで、成長とはそういうものなのだ、といいたかったのだろうか。

何としても仕事を求める彼女は、ついには親しくなった青年を裏切り、その青年の後釜に座って、職を得る。

ところが、母親のアルコール依存はますますひどくなり、ついに家の近くで倒れているところを見つけ、ロゼッタは絶望的な気持ちになる。

せっかく得た仕事をやめると社長に電話し、母親を家に連れ帰った彼女はプロパンガスの栓をひねって自殺を図る。しかし、ガスボンベが空になって自殺は未遂に終わる。

最後には、彼女の裏切りで首になった青年がやってきて最初は彼女を責めるのだが、道に倒れた彼女を助け起こそうとしたところで、そのやさしさに、彼女は目覚めたような表情となって映画は終わる。

「施しは受けたくない」ともらった食べものは捨ててしまい、職がない状態でも生活保護は受けない、きちんとした仕事を自分で探す、それが彼女の成長の証(あかし)としての「プライド」なのか。

「施し」とは、人から一方的に与えられるだけではなく、人と人が互いに支え合うことでもあると思うのだが。

 

NHKBSで放送していたアメリカ映画「42~世界を変えた男~」。

2013年の作品。

原題「42」

監督・脚本ブライアン・ヘルゲランド、出演チャドウィック・ボーズマンハリソン・フォード、ニコール・ベハーリーほか。

 

1947年、黒人初のメジャーリーガーとしてデビューしたジャッキー・ロビンソン。人種差別の激しかった当時、ジャッキーはチームメートや他球団の選手、マスコミや民衆からのヤジや数々の仕打ちに耐え、黙々とこん身のプレーを続け、その姿に周囲は心を動かされていく・・・。

ジャッキーを演じるのはチャドウィック・ボーズマンハリソン・フォードが球団のゼネラル・マネージャーを演じ話題となった、実話を映画化した感動作。

 

タイトルの「42」とはロビンソンが付けていた背番号で、現在アメリカ・カナダの全てのチーム(メジャーはもとよりマイナーリーグ独立リーグに至るまで)で永久欠番となっている。

チャドウィック・ボーズマンは本作の公開から3年後の2016年に大腸がんと診断され、闘病生活の末、2020年8月28日、ロサンゼルスの自宅で家族に見守られる中で亡くなった。43歳没。奇しくもこの日は、ジャッキー・ロビンソンの功績を讃え全選手とコーチが永久欠番の42を着けてプレーするジャッキー・ロビンソン・デーだった。

本来はジャッキー・ロビンソンがデビューした4月15日がその日なのだが、新型コロナの影響でこの年だけ8月28日に振り替えられていた。