善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

「果てしなき輝きの果てに」「その手を離すのは、私」

女性作家によるミステリーを、2冊続けて読んだ。

1冊目はリズ・ムーアの「果てしなき輝きの果てに」(訳・竹内要江、ハヤカワ・ポケミス)。

 

舞台はアメリカ・フィラデルフィア郊外の街ケンジントン。薬物蔓延と連続殺人事件に揺れる街で、失踪した娼婦の妹と、それ追う警官の姉ミッキー──。今までにない、変わったタイプの警察小説だった。

これまでの警察小説とかミステリーというと、主人公はクールでかっこよくてハードボイルド、あるいは多少不格好でも頭脳明晰で推理もズバリ、という感じだが、この小説のヒロインは、どこにでもいるフツーのパトロール警官。

見た目はただの警官でも、実は刑事捜査に隠れた才能を持っている、というわけでもなく、失敗ばっかりしていて警官には向いてないんじゃないかと思えるほど。

ただし、彼女は、家庭内の不幸から闇の世界に入り込んでしまった妹を救い出すことに必死であり、妹と同じような境遇にある女性たちを食い物にする悪徳警官が許せない。

たとえフツーの警官、いやフツーの人間であっても、人は正義に目覚めたとき、頼もしく、強い人間になるものなのだ。そのことを教えてくれる小説だった。

 

そして、単にミステリーというより、麻薬と貧困の連鎖や家族の崩壊、シングルマザーの問題など、アメリカの今を映し出しているような小説でもあった。

特にこの小説で焦点が当てられているのが薬物乱用の問題。アメリカでは薬物の過剰摂取は交通事故や銃撃を抑えて傷害による死亡原因の第1位になっていて、特に深刻なのがオピオイド(麻薬系鎮痛剤)などの広がりだという。

本書の冒頭と最後のほうに、長い名前のリストが載っている。

それは今はこの世にいない、未来があるはずの人たち、互いに頼り頼られたりしていた人たち、愛にあふれた人たち、愛を注がれた人たちの名前だった。

そして本書の題名も、この世を去った死者たちの、はじまりもなければ終わりもない、果てしなく輝く一筋の川の流れに連なる──「LONG BRIGHT RIVER(果てしなき輝きの果てに)」。

 

作者は1983年生まれ。フィラデルフィアに家族とともに住み、テンプル大学で教鞭をとっているとか。

 

もう1冊はクレア・マッキントッシュ「その手を離すのは、私」(訳・高橋尚子小学館文庫)。

原題は「I LET YOU GO」。単純明快なようで、深い意味があるのだろう。

 

物語の舞台となるのはイギリス西部のブリストル

母親と2人で暮らす5歳の少年がひき逃げ事件で命を奪われた。小さな男の子の無念を晴らそうと、ブリストル警察犯罪捜査課の警部補レイは部下のケイトらとともに事件を追うが、犯人は見つからず、捜査の打ち切りを迫られていた。

一方、海辺の町に逃げるようにやってきて身を隠すように暮らしていたナゾの女性ジェナは、獣医師のパトリックと惹かれ合う──。

 

最初、警部補レイを中心とした犯人追跡のミステリーかと思って読んでいたら、実は隠れ潜んで生きようとする“逃げる女”ジェナの物語だった。

この小説も、ただのナゾ解きではなく、家族の絆の問題やDV問題など、イギリス社会が抱える現代的テーマを扱っていた。

だれにでもドラマはあり、事件が起こればその背後には社会の縮図が潜んでいる。そんなことを痛感する小説だった。

 

作者はブリストル出身で、大学卒業後12年間の警察勤務をへて2014年に作家に。本作がデビュー作。3児の母だとか。