善福寺公園めぐり

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スウェーデンの歴史ミステリー「1793」

ニクラス・ナット・オ・ダーグ「1793」(ヘレンハルメ美穂訳、小学館)を読む。

 

スウェーデンを舞台にした歴史ミステリー。

おぞましい箇所が次々と出てくるのだが、文章は流麗で(訳者のヘレンハルメ美穂さんの功績大だと思うが)、史実もよく調べられていて、まるで18世紀末、1793年のストックホルムの情景を目の前にしているようで読みごたえ十分の歴史小説だった。

今のところ今年読んだミステリーの傑作のひとつ。

 

舞台は革命の機運が高まる18世紀末のストックホルム。1793年といえば、日本では天明の大飢饉のあとに緊縮財政や風俗の取り締まりなどを行った寛政の改革を指揮した松平定信が老中を退いた年。ヨーロッパでは革命の嵐が吹き荒れ、フランスでルイ16世と王妃マリー・アントワネットが処刑された年であり、スウェーデンでも、ときの国王は革命の足音に怯えていた。前年の1792年には、グスタフ三世はストックホルムオペラ座で行われた仮面舞踏会の最中に暗殺され、あとを継いだグスタフ四世はまだ13歳という幼さだった。ちなみにヴェルディの歌劇「仮面舞踏会」はこのグスタフ三世の暗殺事件を題材にしたものだという。

 

1793年の秋、湖で男の死体が発見される。それも四肢と両眼、舌と歯を奪われ、美しい金髪だけが残っているというおぞましい姿だった。物語はここからスタートする。

登場するのは、ストックホルム警視庁の警視総監と親しく、頼まれて捜査を引き受けたものの余命幾ばくもない結核患者の青年法律家セーシル・ヴィンゲ。

ヴィングの片腕となるのは、酒びたりで荒くれ者の戦争帰りの元傷病兵(左腕が義手)ながら、引っ立て屋という日本の江戸時代でいえば十手を預かる岡っ引き、ジャン・ミカエル(ミッケル)・カルデル。

青雲の志を抱き、医師見習いになろうと田舎町から上京してきた若者、クリストフェル・ブリックス。

貧しいながらも清廉に生きる果物売りの少女、アンナ・スティーナ・クナップ。

幼いころから父親の虐待を受けて育った貴族の末裔、グスタフ・アドルフ・バルク。

 

この5人の物語がどれも凄まじく、ときに心あたたかく、ときに悲しい。

5人のエピソードが秋、夏、春、冬と季節を前後しながら語られ、やがてひとつに収れんしていく。

 

最後のほうは、残りページ数が少なくなってくると、これ以上ページを繰りたくなくなる。なぜって、もう少しで小説が終わっちゃうからだ。それが寂しくて、大事に大事に読んでいく。

面白い本を読み終わったあとって、何て切ないんだろう!

 

著者のニクラス・ナット・オ・ダーグは1979年ストックホルム生まれとあるから、今年41歳になる。ナット・オ・ダーグとは「夜と昼」という意味で、そんな姓があるのかと思うが、スウェーデンで現在も続いている中では最古の貴族の家系だそうだ。

 

読んでいて意外な発見も。

18世紀のころ、男は金持ちも貧乏人も、みんなカツラをかぶっていたらしい。本書の登場人物もみんなカツラを愛用していた、というか生活に必須のものとしていた。

昔の人のカツラというと、皇帝とか貴族が立派なカツラをかぶったり、バッハやモーツアルトなど音楽家のカツラは聞いたことがあるが、まさか庶民まで、と思ったらホントにかぶっていた。

18世紀のイギリスの記録によると、大工や農民の間にもカツラが普及し、畑作業に出かけるときもカツラをかぶっていったという。

なぜカツラかというと、それには理由があり、当時の人たちはしょっちゅう風呂に入ったりしない。当然、頭なんか洗わない。すると不衛生となって毛じらみが湧いてしまう。そこでわざと自毛は短くカットしてしまい、長髪のカツラで代用したというのだが・・・。

それに、現代人は毎日のように髪の毛を洗うが、そんなにひんぱんに洗わなくたっていいという説もある。毛髪は、洗わないでいると最初は頭皮がかゆくなったりするものだが、一定期間をすぎると頭皮から発する脂成分で保護され、かゆくなくなっていくという。それに頭皮には常在菌が存在しているから、洗いすぎると常在菌のバランスが崩れてむしろ不健康になるんだとか。

たしか作家の五木寛之氏はその理屈で洗髪は2カ月に1回しかしないと話しているのを聞いたことがある、それで彼の頭皮は鍛えられて、フサフサの髪なのだろうか。