善福寺公園めぐり

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謎の蝶アサギマダラはなぜ海を渡るのか?

栗田昌裕『謎の蝶アサギマダラはなぜ海を渡るのか?』(PHP研究所)を読む。

著者はお医者さんで、速読の達人でもあり、「指回し体操」の考案者としても知られる人。その人がチョウの研究家とは知らなかった。

アサギマダラはタテハチョウ科のチョウで、大きさはアゲハチョウほどあるが、重さは0・5グラムにも満たない。ところが、そんなに軽いのに世界にも類を見ない海を渡るチョウであり、ときに1000kmから2000kmもの旅をするという。

著者の栗田氏は、秋になると南下し、春には北上するアサギマダラの生態を知ろうと、網で捕まえては翅(はね)にマーキング(標識)を施して空に放ち、その行方を追っていて、10年間にマーキングした数はなんと13万にものぼるという。
ちなみにチョウの世界では、普通なら1羽とか1匹と数えるところを1頭、2頭というそうで、13万頭となる。何だか牛や馬を数えているみたいでしっくりこないが・・・。

そういえば最近も、長崎県佐世保市や、四国の高知市から放たれたアサギマダラが台湾で見つかったというニュースが相次いで報道された。長崎からなら約1500キロ、高知からだと1700キロもの旅。
なぜにアサギマダラはそんな長い旅をするのか?
アサギマダラの寿命は羽化後数カ月しかなく、その間に2000キロ近くを移動するとしたら、アサギマダラの一生はただ飛び続けるためにあるのだろうか?

著者によれば、アサギマダラには次の特徴があるという。

アサギマダラはニオイに超敏感。
アサギマダラは温度にも敏感で、温度が高すぎても低すぎても飛べなくなる。

ニオイについていえば、アサギマダラのオスは、特定の植物の花の蜜からピロリジジンアルカロイドPA物質と呼ばれる)という植物成分を摂取して体内に蓄えている。このPA物質はオスがメスに言い寄るために放出する性フェロモンの原料となるもので、これなしにアサギマダラの子孫繁栄はない。

このPA物質はムラサキ科、キク科、ラン科、マメ科植物、まれにヒルガオ科やイネ科、シソ科の植物にも含まれていて、私たち人間に身近なものとしてはフキやツワブキなどがある。

実はこのPA物質は人間には有害であって、肝毒性があり、最悪の場合、肝臓がんを引き起こしたりする。
フキやツワブキを食べるときにアク抜きが欠かせないのも、PA物質の除去ないしは無害化するためだという。

さらに、アサギマダラは温度にも超敏感で、著者によれば高原で気温が19度以下になると、もはや飛ぶことが困難になるという。
ということは、常に適温を求めて移動することが生きていくのに必須というわけで、アサギマダラは生きるための次の知恵を持っている、と著者はいう。

空間移動の知恵・・・旅をして地球の空間を上手に活用している。
時間選択の知恵・・・時期を的確に選んで渡っていく。
物質利用の知恵・・・PA物質など吸蜜植物を巧みに選んで生命と繁殖を維持している。

ということはやはり、一生涯飛び続けるのがアサギマダラの宿命といえるのだろうか。

それで思い出したのが大型のエイの仲間、マンタ(オニイトマキエイ)だ。
マンタはプランクトンを捕食するが、口は開けたままで海水ごと飲み込み、濾過して摂取する。
マンタはエラ呼吸するが、同じようにエラ呼吸するほかの魚の場合、エラぶたがあって開けたり閉めたりするが、マンタにはエラぶたはなく、かわりに5対の「エラあな」があり、海水は口から入って「エラあな」から素通りしていく。
このため、海水中の酸素を得る呼吸のためにはジッとしていては水が入ってこないので、一生涯、泳ぎ続けないといけない。

「エラぶた」が閉じない仕組みはサメやマグロも同じで、やはり泳ぎ続けなくてはならない。

一方、金魚のように口をパクパクして水を取り入れたり、エラぶたを閉じたり開いたりできる魚は、その場にジッとしていてもラクに呼吸ができるのだろう。

マンタがそのように進化というか適応した理由は、大きな体を維持するためにはたくさんのエサが必要で、エサを捕るためにも動き回ることを選択した結果が、ああいう呼吸システムとなったのだろうか。
逆に言えば、ああいう捕食・呼吸システムを選択したから体が大きくなった、ともいえるしもしれないが。

いずれにしろ、一生、適温・適地を求めて飛び続けなければならないアサギマダラ。呼吸のため泳ぎ続けなければいけないマンタやマグロ。

生物の生き方はいろいろだが、旅をして地球の空間を上手に利用する「空間移動の知恵」など、われわれ人間が彼らの生き方から学ぶこともあるのではないか。