善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

六義園の紅葉

毎年、紅葉を見に行くのが恒例になっているが、このところ11月はけっこう忙しくてなかなか行けない。きのう(12月1日)出かけて行ったのはJR駒込駅近くの「六義園(りくぎえん)」。
都内の庭園はあらかた行ったが、六義園はまだ行ったことがなかった上に、都内随一の紅葉の名所、というので出かける。

10時半ごろ着くと、入口には長い列ができていた。けっこう人気のようだ。
でも、一歩園内に入れば広い敷地なのでさほどの混雑はない。それにしても23区内にこれほど広いところがあるなんて。

六義園は徳川5代将軍・綱吉の側用人柳沢吉保が、元禄15年(1702年)(ということは赤穂浪士の討ち入りの年)自らの下屋敷として造営した大名庭園。造園当時から小石川後楽園とともに江戸の2大庭園に数えられていて、綱吉もここを気に入ってたびたび訪れているとか。

加賀藩下屋敷跡を拝領した柳沢吉保は、自ら設計、指揮して、平坦なこの地に池を掘り、山を築き、7年の歳月をかけて「回遊式築山泉水庭園」を造り上げた。

庭園の名前は中国の詩の分類法(詩の六義)を紀貫之が転用した和歌の「六体」に由来しているという。

庭園は中の島を有する大泉水を樹林が取り囲み、紀州(現在の和歌山県和歌の浦の景勝や和歌に詠まれた名勝の景観が88景として映し出されている。

明治時代に入って岩崎弥太郎の所有ともなり、現在は国の特別名勝

園内は広々としてまるで深山幽谷のよう。
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紅葉がみごと。
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これはハゼの木か。
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見上げると赤いのに混じってオレンジ色っぽいのも。
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渡月橋を渡る人の姿が川面に映る。
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今は使われていないが変わった茶屋があった。「ツツジ茶屋」というんだそうで、明治の時代、ツツジの古木材を用いて建てられた。サルスベリも柱に使われていて、柱が曲がっているのが風情がある。
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ムラサキシキブの実が美しかった。
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帰りに近くにある吉祥寺に寄ったら、季節外れのサクラが咲いていた。
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吉祥寺は、西荻窪のとなりの吉祥寺の地名の由来でもあり、江戸時代、明暦の大火で今の水道橋近くにあった吉祥寺が焼けたとき、寺は現在の駒込に移転し、門前町の住民は今の吉祥寺に移転。その名が残ったという。だから吉祥寺に吉祥寺(お寺)はなく、お寺はここ駒込にある。
この寺の吉三郎という男と八百屋の娘お七の恋の果てとされる「お七伝説」が残っていて、「比翼の碑」があった。
本堂の前のイチョウ並木。
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