善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

三木成夫 内臓とこころ

三木成夫(みき・しげお)『内臓とこころ』(河出文庫)を読む。

三木は解剖学者で、生命形態学を唱えた。
10数年前、ある人と話をしていて三木成夫のことを知った。興味を抱いて『胎児の世界-人類の生命記憶』(中公新書)と『人間生命の誕生』(築地書館)を買って読んだ。目を開かれた思いがした。

三木の生命形態学とは、人類の体には40数億年にわたる生命の変化の歴史が刻まれており、それを説き明かす学問、といったらいいか。
かつて出版された『内臓のはたらきと子どものこころ』(築地書館)の文庫版が本書。講演の形でまとめられているので、読みやすくてわかりやすい。

形態学の元祖は実はドイツの文豪ゲーテだという。ゲーテは、花は葉の変化したものであり、地面の中で水を吸う葉は根であり、拡張する葉は茎であるとし、このように同一の器官が多種多様に変化する作用を植物のメタモルフォーゼ(変容、変態、変身)と述べた。
この「花は葉のメタモルフォーゼ」というゲーテの説の正しさは、現代の分子生物学でも証明されているという。

三木はゲーテに傾倒するとともに、「行動様式にしたがって体は変化する」という用不用の法則を説いたラマルクや、個体発生は系統発生を繰り返すという反復説を唱えたヘッケルなどにも共鳴し、これらの説を個体発生と系統発生との比較において検証することが、三木形態学のテーマであったという。
「であった」というのは、三木は1987年、62歳の若さで亡くなっていて、志半ばだったに違いない。

三木は、人間の自然を見る目のうち、“しかけ・しくみ”ではなく、“すがた・かたち”を見る目こそ、“いのち”を見出すことができる、といっている。
人間の体にしても元をたどれば「原形」としての“すがた・かたち”があり、それが“しかけ・しくみ”に向かって大きな転換を遂げていった。
その“すがた・かたち”の変容を母親の羊水の中で再現しているのが胎児なのだという。

『胎児の世界』で三木は次のようなことを述べている。

母親の羊水の中で、胎児は魚類から陸上生物へと1億年を費やした脊椎動物の上陸のドラマを再現する。つまり受胎してはじめのころは古代魚類の姿であり、母親の体内で地球生命進化の歴史を猛スピードで駆け抜けていって、魚類から両生類、爬虫類、哺乳類、そしてヒトへと“変身”を遂げて、この世に生まれてくるのである。
そして、原形としての“すがた・かたち”は、今も私たちの体の中にその痕跡をとどめている。

本書で三木はこう述べる。
「すべての生物は太陽系の諸周期と歩調を合わせて『食と性』の位相を交代させる。動物では、この主役を演ずる内臓諸器官のなかに、宇宙リズムと呼応して波を打つ植物の機能が宿されている。原初の生命体が“生きた衛星”といわれ、内臓が体内に封入された“小宇宙”と呼びならわされるゆえんである」

「内臓系の中心に心臓が、体壁系の中枢に頭脳がそれぞれ位する。日本人の祖先が、前者の心臓をかたどる文字で“こころ”を表したのは、かれらが心臓の鼓動を宇宙的な“内臓波動”の象徴として捉え、さらに、こうした宇宙との交響を“こころ”本来の機能として眺めたからであろう」

「人類では心臓に象徴される内臓感受系の覚醒により、森羅万象に心が開かれてゆくが、この好奇心の異常な発達は、赤ん坊に、その六カ月からのなめ廻し、満一歳からの呼吸音をともなう指さしを相次いで促し、ついにそれは視野拡大のための直立においてきわまる」

どの文脈も、噛めば噛むほど味わいが深まるスルメのように含蓄に富んでいる。