善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

西加奈子 ふくわらい

晦日朝の善福寺公園は曇天。風はあるがそれほど寒くはない。

きょうも下池にカワセミがいるかと思ったが、姿なし。
そう毎日は出会えない。

西加奈子『ふくわらい』(朝日新聞出版)を読む。
不思議な魅力の小説だった。

あらすじはというと──。

紀行作家の父から、マルキ・ド・サドをもじって名づけられた鳴木戸定。書籍編集者の定は、身なりに無関心、感情を表さずに人付き合いも機械的にこなす。
「ふくわらい」が唯一の趣味である彼女は、猪木になりきれなかったロートルプロレスラーのエッセイを担当することになってから、人との距離を少しずつ縮めていく。
「作品を書かせたかったら、今すぐ雨を降らせろ!」とダダをこねる作家の無茶な要望に応えて、出版社の屋上で雨乞いの儀式をしたり、街でナンパされた盲目のイタリア人(と日本人のハーフ)とつきあったりする中で、定が見つけたものとは──。

主人公が人肉を食べる話が出てくる。
それも2回。1回目はジャングルの奥の原住民の葬式で、2回目はやはりジャングルでワニに襲われて亡くなった父親の肉を。
食べた人肉の味まで具体的に書き記している。
作者は実際に食べたわけではないだろうから、ものすごい想像力だ。

想像力というか「妄想力」を相当持っている作家だな、ということは小説全体を読んでいても感じたが、ほっといたらパリで人肉事件を起こした“佐川くん”になりそうな話。
ほかにも目隠ししてセックスしたり、全裸になって新宿の歩行者天国を歩いたり、こう書くとアブナイ小説っぽいが、決してそんなことはない。むろん猟奇的でも、陰惨でもない。

「ブラジャーは何回つけたら洗うか」とか、女の子っぽい会話も出てきたりしてホッとする。

全体としてとても清純で、主人公が人とのつながりによって自分を発見する、前向きな純愛小説といったらよいか。ということは孤独に生きている多くの読者に、「あなたはあなたなんだよ。自分らしく生きていいんだよ」と励ますメッセージも込められている気がして、読後はさわやかだった。

筆者は1977年生まれの35歳。テヘランに生まれ、エジプト・大阪の泉北ニュータウン育ちというから海外それも中東方面勤務が多い外交官かビジネスマンの家庭に育ったのだろうか。
『ぴあ』のライターを経て2004年(ということは27歳のとき)『あおい』でデビュー。翌年には『さくら』が20万部を超えるベストセラーとなり、その翌年に出た『きいろいゾウ』は宮崎あおい向井理の共演で映画化され、来年公開されるという。
今が旬の作家のようだ。