善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

赤羽正春 白鳥

先日、東京・杉並区の善福寺公園で開催中の国際野外アート展「トロールの森2012」で舞踏家の大坪光路氏のステージをみて、緑と青空の下の「白塗り」がものすごく新鮮だったものだから、「白」という色にあらためて興味を抱いた。

そんなとき、たまたま手にしたのが赤羽正春『白鳥』(法政大学出版局、「ものと人間の文化史」シリーズの161冊目)。筆者は1952年生まれの民俗学・考古学者。

世界各地に伝わる「白鳥処女説話」を探し、その源流を求めてシベリアにまで足を運んだ筆者は、渡り鳥としての白鳥の「渡り」との関連から“白鳥伝説”が世界の各地に拡散していった経過を解き明かす。

筆者によれば、世界のあちこちで語り継がれている白鳥処女説話は次の語りを備えているという。

白鳥の集団が水辺におりてきて衣を脱ぎ、美しい処女に替わり、水浴びする。1人の男がこっそり1枚の衣を隠す。降りてきた白鳥から替わった娘の1人が、衣をなくしたために天に帰れなくなり、男と結婚して此の世で家庭を持ち、子どもをもうける。

天と地をつなぐ語りの中心に白鳥が配されている。

たしかに、白鳥処女説話は各地にある。
白鳥の本場ロシアにはチャイコフスキーの「白鳥の湖」、アンデルセンの「白鳥の王子」

白鳥はしばしば天女と同一視されており、白鳥処女説話の類型といえるのが日本で伝えられる「羽衣伝説」。ここでは白鳥は「白い布」でもある。

筆者は、白鳥処女説話の起源をシベリア・ブリヤート地方のアリャティ村に語られていた白鳥伝説とみる。
「アリャティ村の白鳥伝説が、白鳥処女説話に最も近い語りの1つではないか」

それはこんな話だ。

昔、ある日、男が水浴びに行った。海岸にやってくると、白鳥のグループが空から降りてきて、泳いでいたが、翼と羽を取るときれいな女性になった。男は愛に落ち、着物をそっと隠した。しばらく泳いでいた娘たちは白鳥に戻って帰っていく。しかし、服のない娘は男に、「私と一緒になって住んでください。奥さんになります」と言った。
息子と娘ができて、家族は幸せに暮らしていたが、しばらくしてから妻は「帰らなければならない」ことを夫に伝えた。そして、だんだん高いところへ昇っていき、家の屋根の上で歌を歌った。「着物をください。どこへも行きませんから」。
男が隠していた着物を渡すと、それを着て、「さようなら」を言って自分たちのところへ帰っていった。帰る前に、「私の子どもをよく育ててください」と、伝えた。
息子の名前はブリヤートといった。ここから住んでいた村の名前がブリヤートになった。ホンゴドル族が白鳥を守っている。白鳥は神と同じに祀り、決して殺してはならない。殺すと呪いがかかる。

白鳥説話とは、白鳥の生態から古人が学んだことである、と筆者はいう。
第1に、季節を誘う渡り鳥として毎年の定期的来訪と渡りの姿。
第2に、純白から人が受けた印象が強い美意識を醸成して、人の特別な儀礼や行事に導入されていった。
第3に、家族の紐帯を示す行動が顕著な動物として、人の社会に好ましい家族の規範を白鳥の生態が示している。

白鳥処女説話は、人とのつながりがそれほど深くない白鳥という動物から、人が学んだ規範の集積であった。
白鳥処女説話は、白鳥の行動に規範を求めた人たちによって創られ、その教えを受け入れた各地域で多くの要素がつけ足されて広がっていった。

動物に求める規範とは、人の容喙(ようかい)を許さぬ厳しい絶対的な自然の中で生存の持続を考える人に、多くの教示を与えた動物がいたことを一義的に思量している。

と、筆者は述べている。
自然(野生動物)と人間とのかかわりについて、学ぶべき点の多い本だった。