善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

償いの報酬 平成猿蟹合戦図

最近読んだ本から。

ローレンス・ブロック『償いの報酬』(二見文庫)
アル中探偵、マット・スカダーシリーズの最新作。といっても今は酒を止めているから元アル中か。
ニューヨーク市警の警官で、免許証を持たない私立探偵となったスカダーは今年74歳。そのスカダーが、30年前の事件を回想するという話。

派手なアクションがあるわけでもない。淡々とした語り口。ほぼ全編、マンハッタンを黙々と歩くか、会話ばかり。しかし、読んでいて妙に落ち着く気がした。読書していて安らぐ気がしたなんて、今まであっただろうか? 秋の夜長にはピッタリかも。

筆者のローレンス・ブロックは1938年生まれだから、やはり今年74歳。スカダーと同じ年齢を歩んでいる。

吉田修一『平成猿蟹合戦図』(朝日新聞出版)
去年出た本。まさに「猿カニ合戦」の現代版という感じで、いわば“現代のお伽話”。『悪人』を書いた吉田修一だからもっとおぞましい話かと思ったら、意外とホンワカ系。

主人公の1人である真島美月が新宿・歌舞伎町の雑居ビルの陰で、赤ん坊を抱いてしゃがみ込んでいるところから物語が始まる。歌舞伎町、長崎の五島福江島秋田県の大館が主な舞台。

登場人物は、歌舞伎町のクラブで働くようになるその美月に、ホストクラブに勤める夫(真島朋生)、やはり歌舞伎町のクラブのバーテンダー(浜本純平)、その店のママ(山下美姫)、有名チェリスト(湊圭司)、チェリストの姪で美大の学生(岩淵友香)、湊のマネジャー(園夕子)、ヤクザの親分、大館に住む100歳近い老人(サワ)といったメンメンで、まるで関係なさそうな登場人物たちが、やがて交差し、平成の猿蟹合戦を繰り広げていく。

猿蟹合戦といえば、仇討ち、復讐の話だ。
母親を猿に殺された子蟹が、ウス、ハチ、クリなどの助けを借りて親の仇を討つ。
この小説でも主題は復讐のようだが、読み進むうちに話は横道にそれていく感じで、純愛物語のような、青春群像を描くような、そんな作品になっていって、それはそれでさわやかな読後感が得られていいのだが、腑に落ちないところもある。

話のスジを明かすわけにはいかないので詳しく触れられないが、復讐はやっぱり犯罪ではないのか。その点があいまいのまま終わったのが、どうも釈然としない。

話は変わるけど、芥川龍之介は「猿蟹合戦」という短編小説を書いていて、こちらは猿蟹合戦の後日談。そこでは、蟹は仇をとったことで罪に問われ、死刑になるという話だった。

たしかに江戸時代ならいざしらず、現代においては個々人が仇討ち、報復を勝手に行ってしまっては社会は成り立たないわけで、刑罰は国家が一手に引き受けている。
芥川の小説でも、蟹が主犯格なので量刑が重くて死刑、その他の者は無期懲役になっている。
しかし、芥川のこの短い小説は、単に蟹がいかに法に触れたかだけをいっているのではない。それは最後の一文を読めばわかる。というか、その一文を読むと、2~3ページ分しかないようなこの短編小説の奥の深さが伝わってくる。
吉田修一氏は500ページをかけたが・・・。

芥川の小説はこう結んでいる。

とにかく猿と戦ったが最後、蟹は必ず天下のために殺されることだけは事実である。語を天下の読者に寄す。君たちもたいてい蟹なんですよ。