善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

ヘニング・マンケル 背後の足音

ヘニング・マンケル『背後の足音』(創元推理文庫)を読む。
最近ヨーロッパもの、特に北欧のミステリーをよく読むが、本書もスウェーデンのミステリー。今年評判になっている本。

あらすじは──。
夏至前夜、3人の若者が自然保護地区の公園でパーティを開いていた。18世紀の服装、音楽、美味しい料理、ワイン。物陰から彼らをうかがう目があるとも知らず……。
イースタ警察署に1人の母親から、娘を捜してくれという訴えがあった。夏至前夜に友人と出かけて以来、行方がわからないというのだ。旅先から絵はがきが届いてはいるのだが、筆跡が偽物らしいというのだ。
母親の熱意に動かされたイースタ署犯罪捜査課の刑事ヴァランダーは捜査会議を招集したが、同僚の刑事のひとりが無断で欠席した。電話をしても応えるのは留守番電話ばかりで、いっこうに連絡がとれない。几帳面で遅刻などしたことのない彼が、なぜ?
不審に思ってアパートを訪ねたヴァランダーの目の前に、信じられない光景がひろがっていた。長年一緒に仕事をしてきた同僚が殺されていた。
捜査が遅々として進まない中、次の犠牲者が……。

シリーズ7作目というが、初めて読んだ本ブログの筆者は、読み始めるなり意外な展開に驚く。何と主人公のヴァランダーは医者から糖尿病の疑いを告げられる。血糖値が300を超え、血圧は上が170、下が150。体重は92キロ。明らかに異常だ。その上、疲労感、口渇、頻尿の自覚症状もある。捜査の途中、オシッコガがまんできず道端で立ちションベンする情けないシーンまである。
肥満、運動不足、酒が原因というが、ヴァランダーに限らず、糖尿病は今やスウェーデンの国民病になっている、と本書は説く。

カッコイイはずの主人公が糖尿病とは、日本の刑事モノではありえないが、それは日本の小説が現実から目をそらしているからにほかならない。

日本に限らず、世界の先進国と呼ばれる国の現実はといえば、ここ数十年の間の生活スタイルの激変であり、多くの人が、体も心にも変調をきたしている。糖尿病が現代病といわれるゆえんがそこにある。
ドラマの主人公までもがそんな現代病に蝕まれていると示すことで、作者のヘニング・マンケルは現代社会への警鐘を鳴らしたかったのだろう。
主人公が糖尿病と診断されたくだりで、こりゃいかん、やがて自分もと、本ブログの筆者も本を投げ出して散歩に出かけた。

現代社会が蝕んでいるのは体だけではない。心も同じだ。
本書ではスウェーデンが抱えているさまざまな社会のひずみについても触れている。日本と同じような問題を抱えているんだなと思った。

特に問題なのは、若者の心の闇だろう。(話のスジに関係するので詳しくは書かないが)

それは道徳教育とか家庭教育の欠如とかが原因ではない。もっと根本的で、彼らの親世代も含めて長年の間に集積された問題があり、金儲け優先の社会、大量生産・大量消費・人工物があふれる社会、競争社会、格差社会教則本・マニュアル社会、無関心社会、孤立化社会、努力しても報われぬ社会、持てる者が持たざるものを助けなくてもよしとする社会・・・さまざまな要因がその根底に横たわっている。

日本人の問題としても本書を読み、戦慄が走った。

救いだったのは、事件は解決したものの喪失感だけが残った主人公が、最後に自分を取り戻すくだり。
うちのめされた彼の心を救ったのは、休暇をとって島に渡ったときに見た自然の姿だった。ただの自然ではない。生きとし生けるものを創り出す自然。

スウェーデンはこういうところから始まったのだ。・・・そして、こういうところで終わるのだ」